クレイモア吸血鬼の旅行記98 ノヴィスワールド-死の輪廻 前編-


シーナ「あら…?貴方はマリーさんだったかしら?最近、アネモネさんと一緒に行動してらっしゃる方ですよね」

マリー「私も貴方のことを知っているよ。酒場の素晴らしい…看板娘だと、アネモネから聞いてる」(危ない、尻と言うところだった)
シーナ「まあまあ、嬉しい言葉ね。…ここに来るなんて、貴方もお祈りに?」

マリー「いや、逃げてな。アネモネがどちらが酔い潰れるまで飲み比べしようと言い出して…」 そう話すマリーの後ろから幼い少女が顔を出した。

アネモネ「おお、シーナではないか。…また墓参りに?」

マリー「うわ背後に…!?あ、すまない。騒がしくしてしまって」
シーナ「いいですよ。しんみりした空気になっているのも、この子も喜ばないでしょうし。…それでも、つい来てしまうんです。眠っている弟の場所に」
彼女の寂しげな瞳の先にある墓標。みずみずしい白い花が添えられ、綺麗に手入れされている。きっと毎日欠かさず…。マリーはその墓前に立ち。十字を切り、両手を胸の前に合わせた。吸血鬼は瞼を閉じ、静かに黙祷した。
シーナ「…ありがとうございます」

マリー「こんなにも思われて、きっと弟さんは天国で幸せだろう」

アネモネ「…。それで、シーナよ。何か厄介ごとが起きておらぬか?最近、ポートカプール近辺の海が割れた事件を聞いているだろう」
シーナ「…はい、そうですね。ご無沙汰している間、特に変わったこととかは無かったです。ふふ、こんな短期間にそうそう物騒な事件なんて立て込んだら、それこそ私たちの身が持ちませんってば」
朗らかに笑いながら、シーナはこう続けた。
シーナ「…旅人の皆さんは口を揃えて刺激が、スリルがって言いますけど…実際、平和が1番じゃないですか。日々の仕事を頑張って、皆で騒いで、お酒を飲んで。それだけでもう。十分素敵な事なんですから。これ以上を望んだらバチが当たっちゃいますよ」
幸せは日常の中にある、と…。そう言い切るシーナの横顔に陰りはない。訪ねた吸血鬼に対するその返答はなかなかどうして聡明だった。…恐らく言うほど簡単な話ではないのだろう。未だ足げなく弟の墓前へと通う彼女にとって、過去やそれを押し流していく時の流れは、不条理で、割り切れないものに違いはないのだ。それでも快活に笑い、今を歩こうとする彼女の立ち振る舞いには強さがあった。

アネモネ「はは。そのとおりであるな。そなたの言葉は心に響く。思わず目を奪われるシーナの美しさと同等にな」
シーナ「な、なんですか急に…。もー、褒めても酒代は安くなりませんよ?」
そのままそっぽを向くと、シーナはそそくさと墓石の水を撒き始めた。正午を告げる鐘楼の音が鳴る。…知らぬ間に随分と話し込んでしまったようだ。夜に改めて酒場に立ち寄る事をシーナに約束し、吸血鬼たちはひとまずこの場を後にすることにした————…


———ふと。振り向いた吸血鬼とマリーの視界に、街道からこちら窺う黒いフードの集団が映り込んだ。真鍮あつらえのマスクを被るその顔からは、性別も表情も読み取れない。…見張られている?シーナや自分たちだけではない。通りがかる街の住民全てに何事か話しかけては、追いすがるように付きまとう彼等の行動は、控えめに言っても異様だった。
シーナ「また来てる…」

アネモネ「…シーナよ。事情を話してくれぬか」 明らかに厄介な連中を睨みながら吸血鬼は尋ねた。
シーナ「最近、郊外で活動している、何かの神様を祀った団体らしいんですよ。ああやって、時々街に来ては、住民を呼び止めてしつこく勧誘してくるの…」
往来を歩く通行人たちはその不気味な衣装に警戒を露にし、誰もまともに取り合おうとはしない。だというのに仮面の集団は、意を介した様子も無く何事かをぶつぶつと呟いている。

アネモネ「うっとうしいなら、ミンチにしてやるぞ」
シーナ「ええ!?大丈夫ですって。見てとおり誰も相手してない、迷惑な人々ですから」

マリー「私も気になるが…。相手はそれなりに人数がいる。下手に攻撃したら、住民に被害が出るかもしれない。今は様子を見よう」

アネモネ「…わかった。まあ面倒な奴らに構う必要はないか」
吸血鬼は冷めた視線を勧誘集団に向ける。何か苛立っている様子だ。

謎の集団『あなたには、もう一度会いたいと思う人は居ませんか?』

どこか悲しげにも、切実にも聞こえるその訴えが耳を引くせいだろうか…。

 

それから、2・3ヵ月が経った頃。井戸での水汲みを終えたシーナが街道で呼び止められたのは、日の出間もない晩夏の朝の事だった。

くすんだ紫のローブ。目元まで隠れたフードを纏った女が胡乱げにこちらを見つめている。周囲を控える仮面を被った取り巻きたちとは、何かが違う。胸騒ぎを覚え、シーナは一歩後ずさった。
黒いローブの女「もう一度会いたいと思う人は居ませんか?」 年若い声だ。自分と同じか、そうでなくとも余り離れてはいまい。
シーナ「会いたい、人?」
黒いローブの女「不躾に失礼しました。ワタシは彼等を統率する立場にある…”司祭”、と呼ばれる者です。街中で姿をお見掛けして、貴方ならば我々の思想に賛同頂けるのではと思ったもので、是非にと声を掛けさせて頂きました」
ローブの女は、街道奥に眠る墓地を横目に微笑した。
黒いローブの女「この世界は別離の悲しみに満ち溢れていると…。貴方はそう思いませんか?本人たちが望もうと望むまいと、必ず訪れる訣別、乖離、終末…。そのような苦しみがあまりにも多過ぎる。例えばそれは時の巡り合わせであったり、天賦の不幸であったり、他者の悪意であるかもしれない。…受け入れられない、と思ったことはありませんか?一方的に与えられる試練を跳ね除け、大切な人との再会を果たしたいと願った事?」
郎々と語る”司祭”にかしづくように、黒マントの集団が皆一様に首を垂れる。物陰から1人、また1人と同じ意匠の仮面が顔を出し、人波が大きな円を作る。
黒いローブの女「生きることはつらく…苦しい。何ひとつ罰を受ける云われも無く、天は無慈悲に私たちの元から大切なものを奪い去っていく。それに抗う事こそが我々の本懐…」
多い。数十?百?正確に数えたわけではないが、少なくても視界には収まりきらない。…彼らは、いつの間にこれ程数を増やしていたのだろう。
黒いローブの女「あなたのような人材をこそ、我々は求めているのです。手を取り合い、互いの目的を遂げるために進みませんか。あなたは頷いてくれさえすればいい。同胞への協力は惜しみません」


魅入られかけているのかもしれない。自分の意思も、心も、得体の知れないこの集団に。
黒いローブの女「さぁ…貴方もこちら側に…」
囁き声で”司教”がゆっくりと手を差し伸べてくる。幾つのも仮面が、無表情の黒い眼窩がこちらを見つめる。異様な沈黙の中、黒い2つの空洞が。幾重にもて、幾重にも。じっと。こちらを見つめてくる。
シーナ「私———————…」 シーナは…。ぐるぐると覚束ない視界の中、たじろぐように頭を抱え…「私、は…ごめんなさい…。お断りします…」
震えながら、どうにかその一言を絞り出した。
黒いローブの女「…何故、でしょうか?」
シーナ「分からないです、自分でも…。だけど、あなたたちは何かがおかしい…。私にだって、失くしてしまった人は居る。別れを認めたくないって思った事も沢山ある。だけど…」
こんな脅かすような真似をしてまで、他人を中に引き入れるのは、何かが違う。目の前の女の言動からは、善意や好意とは別の感情が透けて見えるのだ。
シーナ「…歩調や仕草でなんとなく分かります。この中にはヴェルニースに住んでいる人たちも居ますよね?なのに皆、どうして素性を隠すの?何もやましい事がないのなら、私に顔を見せて下さい。私の目を見て、あなたたちが何をしているのか教えてください」
呼びかけるシーナの声に返事はない。…だが確かに、黒い群衆の中をどよめきが走る。そんな空気の中…薄く。女は嗤った。当てが外れた、という様子ではない。フードから除く金色の瞳が爛々と輝き細まっていく。シーナは心の底から恐怖を覚えた。
黒いローブの女「…いささか、性急に過ぎましたね…。また後日、お話の機会を設けましょう。勿論、我々の理念や行動を包み隠すつもりはありません。むしろ、あなたにはぜひ知っておいて欲しい。次は我々の寺院にお越しくださいな。お待ちしていますよ。聡明なお嬢さん…」
足音と重苦しい気配が遠ざかり…シーナはその場にへたり込んだ。

シーナ「………」

マリー「シーナさん?」
それから、どれくらいの時間が経ったのだろうが…ぼんやりとしていたシーナは、その呼びかけにハッと顔を上げた。澄んだ青い目が心配そうにこちらを見ている。晴れやかな青空のような色に、少し心が安らぎ。やっと声を出せた。
シーナ「マリーさん。どうしてここに…」

マリー「たまには休暇で1人酒を…というのは建前だ。様子を見に来たんだが、何かあったのか?」
シーナ「ふふ、お優しいんですね。…先ほど、恐ろしい数の仮面の人たちに囲まれて……勧誘されましたけど、断りました。どう考えても、明らかにやり方がおかしくて…。それに。少し前から、妙な噂が広まっているんです」

「聞いてくれ!もう目を覚まさないと思っていたうちの婆さんが起き上がったんだ!じきに口も聞けるようになるって!」
「庭に埋めた私のカナリアが、家に戻ってきたの!こんな奇跡が起きるなんて!」
「俺も見たぞ、確か道具屋の倅が—————…」

シーナ「街の住民たちはその話を嬉しそうに話しているのですけど…私には違和感があるんです。何かおかしい。取り返しのつかないことが起こっているような…」

マリー「貴方は正しい。…すまない、私1人で来るべきじゃなかった。すぐにアネモネたちを呼んでくる」
シーナ「あ…」 シーナが口を開く前に、あっという間にマリーの姿が消えてしまった。(さっきまで、すごく怖かったのに…。あのひとたちが来てくれるなら、きっと…)

 

 

~半日後~

————歌が聞こえる。
Who killed Cock Robin?I, said the Sparrow,with my bow and arrow,I killed Cock Robin.…♪
ゆらゆらと大きなくちばしを揺らしながら、鳥の恰好をした人間が歌い続けている。侵入してきた吸血鬼たちをまったく気にする様子も無く。歌う歌う歌う歌

アネモネ「黙れ」 吸血鬼はそう言い放って、容赦なくミンチにした。

マリー「いきなり何をしているんだ。せめて話を聞くぐらいは…」

アネモネ「会話ができると?そなたに引っぱられて来てみれば、シーナが行方不明。更にはリリアンの姿もない」

エリザ「ヴェルニースのどこを見ても仮面を付けた黒ローブの人だらけで。気味が悪かったですわ…。それに匂いも…」

ジル「死臭が漂っているのに誰も気にしてなくて、ホントおかしかったですねー。僕だったら、すぐに元を焼却してやりますよ」

ドラクル「起き上がった老人も、再び羽ばたいたカナリアも、すべて死体でございましたね。死が迎えに来たというのに、本気で帰ってくると思うなど。人間は本当に死を嫌がる生き物ですな」

アネモネ「それでも信じたいのだろう。奇跡とやらを。…は、ははは。我がそんなもの破壊してくれよう」 吸血鬼は転がった鍵を取り、大きな扉を開いた。


中は想像以上に広く。襲ってくる信徒たちを蹴散らしながら、探索する吸血鬼たち。豪華な一室から、拷問部屋と処刑場、”何か”を捧げている祭壇…そして、ねじ曲がった触手のような細長い彫像。これが彼らが崇めている神なのか?
信徒「ひぃいうっ!?私に戦う意思はない!信じてくれっ!」 通路にポツンと1人で身を縮めていた信徒に吸血鬼が銃口を向けると、そう叫び出した。

アネモネ「ならば、何のためにこんなところに居るのだ。貴様は…!」 厳しい声音で、吸血鬼はトリガーを引こうとしたが…

エリザ「やめてちょうだい。彼、本当に怯えていますわよ。それに…あのひと。ヴェルニースの道具屋さんじゃないかしら?声に聞き覚えがありますわ」
信徒「そ、そうなんだ…私は偶然、神殿の奥で見てしまったんだ。あんな化け物を信じるところで……いや、とにかく彼女たちを助けてくれないか。生贄としてリリアンちゃんが捧げられるところで、シーナちゃんが助け出したが…今はどこかに隠れているみたいだ」

アネモネ「貴様に頼まれるまでもないわ。ここで震えながら祈れ。…化け物か。そこの像のような生き物はたまにネフィアで会うが。確かノイエル、遊覧船でも…いや、あれは夢だったか?しかし、趣味が悪い彫像であるな」

ジル「僕は部屋に置くとしたら、マスターの似姿を置きたいですです」

ドラクル「良いですな。以前、頂いたお嬢様の服を飾っていますが。お顔もいつも眺めたいものですね」

アネモネ「我の顔なら、毎日のように見ているだろう?」(飾っているのか…我の服を)

ジル「おはようからおやすみまでずっとマスターを眺めたいのですです。今度、良かったらですけど…マスターを写真に撮っていいですか?」

アネモネ「構わぬぞ」

ドラクル「私は絵に描いてよろしいでしょうか?お嬢様の隅々まですべてを。…ヌードのことではありませんよ」 吸血鬼の少し引いた顔に老紳士は最後にそう言い足した。

アネモネ「あ、ああ…それなら良いぞ」

 


用水路の一区画。食料や祭具が積まれた玄室へと足を踏み入れた吸血鬼たちは、その奥に人の気配を感じ、手持ちの灯りを前方に掲げた。すると押し殺した怯えた声が聞こえ、寄り添うシーナとリリアンの姿が見えた。
シーナ「…ええ…っ!冒険者さん…?」
長棒を構えて警戒を露にしていたシーナが、吸血鬼の顔を見て呆気に取られたように固まった。緊張の糸が切れたのだろう。へなへなと崩れ落ちるシーナと、その場で泣き出してしまうリリアンを前に、吸血鬼は困ったように肩をすくめて笑う。

アネモネ「はははははっ!我が来てやったのだぞ。そこは大笑いせよ」

エリザ「あなたみたいに突然笑い出す方が正気を疑いますわよ…」
シーナ「こ、腰が抜けちゃった…。もうっ、驚かさないでくださいよ!…なんて。私たちを追いかけて来てくれたんですよね。心配かけちゃってごめんなさい」

アネモネ「そのために来たのだ。さあ、街に…いや、我が城の方が安全か。連れていってやろう。我が下僕共とマリーがな」

マリー「お前は?まさか1人で奥に行くつもりか」

アネモネ「そうだ。守る者が多い方が良い。だが、状況からまた何か召喚されようとしている。それを倒す者がいなければならない」

マリー「私は…」
??????「その必要は無いわ。ご機嫌よう。貴方たちが来るのを待っていたわ、常闇の目を持つ冒険者さん」
落ち着き払った声が響く。いつの間にか見覚えがある黒衣の魔女が音も無く佇んでいた。彼女は…



アネモネ「我に頼み事をしたいと?」
アルハザード「《エイボンの書》と呼ばれる魔導書の名を知ってるかしら?この寺院の主は、原典の記述に従い、死者の蘇生を実行に移すつもりのようね。死の概念を内包する外なる神の一柱と、その眷属たちが異界から大挙してこの地に溢れ出している。…それにしても、信徒たちが気付いているのかしら。異界の神が起こす奇跡など、所詮はまやかしに過ぎないという事に…」

アネモネ「なるほど、燃やせばいいのか」
アルハザード「出来たら、回収してほしいんだけど…。貴方、彼女たちを安全な場所に連れて行きたいのでしょう。私が送ってあげるわ」

アネモネ「それは嬉しい申し出だ。シーナ、リリアン。安心せよ。彼女は信用に値する実力を持っておる」
リリアン「よ、よろしくお願いします、アルハザードさん」
アルハザード「ええ、こちらこそ。…ふふっ、これは責任重大ね。期待を裏切らないよう努力するわ。———貴方は、どうする?」 葬列の魔女はたおやかな笑みをたたえてリリアンに目を向け…次いで、シーナへと視線をやった。
シーナ「私にはまだやることが…。あの”司祭”ともう一度話がしたいんです」
アルハザード「…無理はしないでね。彼女たちが傍に居れば、滅多な事はないと思うけれど。もうこの先は幽世の領域。既に貴方の常識で推し量れる場所ではないのだから…」
忠告を残した後、アルハザードはリリアンを連れ、転移魔術の詠唱とともにその場から姿を消した。

アネモネ「本当によいのか?そなたの肉体に傷ひとつ付けぬ自信はあるが、精神は難しいぞ。螺旋の王、イスの偉大なる種族に遭遇して、正気を失った冒険者が病院に行ったまま引退したというのはよくあることだ」
シーナ「恐ろしいものなら、もう見ました。リリアンちゃんを食べようとしたあの怪物…それと沢山の遺体が山積みになっていて…。数えきれないほどの人が犠牲になっていた……私、許せません。だから、”司祭”に会う覚悟をしています。それに私、リリアンちゃんを助けられるぐらいには戦えますから」

アネモネ「そうか。ならば来い。そなたの素晴らしい尻の勇士を見せてみよ」
シーナ「な、何を言っているんですか…!もう…冒険者さんってば」

アネモネ「はは、ふははいふぁ!?」 ふにっと頬を引っ張られ、吸血鬼は呻いた。

エリザ「あなた…!またシーナさんに向かって変なことを言ってぇ!」
シーナ「…ふふっ」(こんな風に笑えるなんて。少し前の日常に戻ったみたい。…大丈夫。恐ろしいことはアネモネさんたちが終わらせてくれる。……みんな、元通りになれるかしら?)