クレイモア吸血鬼の旅行記80 ノヴィスワールド-檻の中の赤い花 前編-

elonaプレイ日記踊れ月光『アネモネ』


これは記憶。———これは夢幻。
だってほら。その証拠に”彼女”が触れられそうなすぐ傍で、私を見つめているのだから。

「ノエル」

幻燈の中で、少女は笑う。あかぎれた彼女の細い指がこわごわと私の指先を握りしめる。街が白い。息も白い。それは空虚も欺瞞も感じる余地がない…本物の白。あの頃の私が知らないその道行は、世界の無慈悲。”彼女”が笑う。純白の景色の中、無邪気に笑う。
「だから、私は———…」
この時の私はただ、”彼女”から差し出された柔らかな手を、縋るように握り返すことしか出来なかったのだ————…

 


イサラ「…あー…いいんじゃないか。そこそこ良い線いってると思うよ、アタシは」
悩める少女が1人。その姿に笑いながら答える艶やかな女が1人。端から見れば仲良い友人か、姉妹に思えるかもしれない。だが、その素性は”元”爆弾魔と盗賊だ。
ノエル「…そこそこって…。イサラ、あなた、異性との交遊経験はそれなりに豊富なんでしょう?少しぐらい助言してくれてもいいじゃない」
イサラ「そう言われてもな…。酒場の客を誘惑して暗がりに連れ込むのと、真昼間にデートするのじゃ訳が違うだろ。それとも何か?白昼堂々、奴を押し倒して発狂した雌ミノタウロスの如く腰を振りたくろうってなら上手いやり方が…」
ノエル「———しっ…しない!する訳ないでしょ、そんなこと!へんたいっ!ばっかじゃないの。あなた実は馬鹿でしょ!イサラの馬鹿!」
イサラ(ひどい言われようだ…)
ノエル「…それに別にデートって訳じゃ…。ただ今度出かけようって…」
イサラ「巷じゃそういうのをデートと言う筈なんだけどな」
ノエル「——っ。も、もういいわ…私は向こうで別の服を見てくるから!」
イサラ「あ、おい…さっきのドレス、真面目な話、なかなかお前に似合ってたと———って、行っちゃまったか…」
少し離れた所で楽しそうに服を眺めているノエルの姿に、イサラは思わず笑みが浮かんだ。
イサラ(ふっ…らしくなく浮き足立っちゃってまあ…いや、違うか。本来ならあれが普通なんだ。つまらない事で泣いて、笑って。些細な出来事に一気一憂して。アイツと同じ年頃の娘なんて皆あんなもんだ。何も特別なことじゃない。
人並みの”生き方”か…。アイツはそれを、何処か昔に置き忘れちまったんだな。血と悲鳴に彩られた爆弾魔としての半生…。そういえば、私たちは誰も知らない…。このスラムの掃き溜めに流れ着くまでの間、アイツはどうやって生きてきたのか…。ノエル…どうしてお前はあんな生き方しか出来なかったんだよ。なんでお前みたいな奴が…)
そう考え込むイサラのもとに顔見知りの男が慌てた様子で駆けてきた。和やかな空気は消え、何か嫌な予感がした。とにかく来てくれと急かす言葉のまま、ノエルとイサラは騒ぎが起こっている場所へ向かった。


???「———全く騒がしい連中だ。少しは状況を飲み込めたかね、犯罪者諸君。無駄な抵抗は止めて、さっさと縄にかかる事だな。端から君たちに選択の余地など残されていないのだから。…静粛にと言っているだろう!」
物々しい兵たちの中心で煌びやかな服を着た男がダルフィの住民たちを馬鹿にした様子で眺めている。
???「来たる2ヶ月後、ロスリアの代表であるヴァリウス卿が大使としてこのパルミアを訪国なさるのはご存知かね。少し想像力を働かせれば、吾輩が何故此処に居るかなど明白だろう。約束の期日までもう間がない。これを機に、災いの火種となり得るドブネズミ共を一掃せよと、先日、王国軍から我々に、直々の通達があったのだ。吾輩はパルミア軍駐屯所、王立収容所看守長グルーク少佐である。繰り返す!抵抗は無意味だ。今から名を呼ばれた者は大人しく投降し、然るべき処罰を受けるが良い!」
イサラ「…気でも触れたのか、あの軍人。まさかここがどういう場所か分からずに、あんな妄言を口走ってるんじゃないだろうな…。大体、これだけの騒ぎを起こせば今に…」
セビリス「遠路遥々ご苦労な事だ。物見遊山でももう少しマシな見所があるだろうに」
グルーク「…これはこれはセビリス公。随分とお早いご到着で」
セビリス「往路に薄汚い小蠅が飛び回っていると聞き及んだものでな。是非とも事情をご説明頂きたい、グルーク少佐。私の記憶が確かなら、そのような横暴極まる伝令は私の元には届いてない。これ以上の狼藉をダルフィで働くつもりなら、こちらも相応のやり方で返礼させて貰おう。ならず者にはならず者の流儀というものがある。
グルーク「フ…フフッ…恐ろしい方だ…。目が全く笑っておりませんぞ…。しかし、直にお会い出来て良かった…。これでもう白を切る事など出来ないでしょうからな」
嫌味な笑みをますます深くし。看守長は芝居かかった動作をしながら、既に頭の中に描いていたようにすらすらと次の台詞を言い放った。
グルーク「…先日、王宮にこのような文が届きました。予告状ですよ、爆弾魔ノエルから女王宛てのね。よりによってあの犯罪者は、ロスリアとパルミアが友好を結ぶ栄えある祝典の日に、使節団ごと王城を爆破すると、そう我々に宣言したのです。この送り主を放置する事が何を意味するか、よもや理解出来ぬ筈はありますまい」
セビリス「…初めから、貴公の狙いはそれか」


グルーク「どんな事情があろうと、仲間だけは決して売り渡さない————暗黙の互助契約によって成り立つ犯罪者の街…。実に厄介だ…。たかが小娘一匹を断頭台に送るのに、吾輩がこのような道化を演じねばならない程度には…」
セビリス「まんまとおびき出されたのは私だったという訳か。大した狸だな」
グルーク「ならず者の流儀、大変結構しかし、今度ばかりは庇い立てなど許されませんぞ。国家への仇為す大逆の徒を匿えば、セビリス公。貴方と貴方の民草の身の安全は保障しかねます」

 

イサラ「…っ…おいおい、冗談じゃないぞ…。それに予告状って…」
ノエル「————模倣犯よ。その内現れるんじゃないかと思っていたけれど、わざわざヴァリウス訪国の日に狙いを付けて来るとは恐れ入るわ」
少女の顔を見ると、その表情にあったのは怒りはなく。感情が見えない冷めたものであった。その様子にイサラは不安になった。
ノエル「なんて顔をしてるのよ、イサラ。何も不思議な事じゃない。来るべき時が来たというだけの話。私の首ひとつで大した罪滅ぼしが出来るとは思えないけれど…。それでも、清算はしないとね」
イサラ「…まさか、大人しく捕まる気か!?馬鹿げてる…下手人は別に居るんだぞ!」
ノエル「じゃあ許しを懇願してみる?”そいつは偽物だ。今回の件と私は無関係だ。だからどうか見逃して欲しい”と。過去の罪状を棚上げにして、滑稽でしょう」
皮肉的な笑みを浮かべる少女。洋服店で浮かべていた無邪気な笑顔とはひどく遠い…世間の辛辣を知った、諦めた顔だ。
ノエル「ねえ、イサラ。パルミア軍だってそこまで考え無しじゃないわ。模倣犯が居る可能性なんて、きっと最初から視野に入れている。それでも”爆弾魔”を捕える事に意味があるの。あの看守長も言っていたでしょう?重要なのは”災いの火種となり得る芽を摘むこと”私の首を差し出せば、それはパルミアがロスリアに形ある誠意を示した事に繋がるのだから」
イサラ「———知った事か…!そんな賢しらな事情!」
ノエル「…!」
イサラ「これからだったじゃないか…。お前はどうしようなく捻くれてて、可愛げがなくて…だけど、それでも少しずつ前に進めてたじゃないか…!せっかく色々なものを取り返せる岐路に立てたってのに…全部ひっくり返してドブに捨てるつもりかよ!答えろ、ノエル!」
ノエル「…イサラ…。その言葉だけで十分よ…。あなたのおかげで私、この数ヶ月間ちっとも退屈しなかった。———ううん、すごく…楽しかったわ…。本当に感謝してもしきれないくらい。ありがとう、私のことを引き止めてくれて。…どうか達者でね」 そう言って、ノエルは騒ぎの中心へ迷いなく歩んだ。


グルーク「ほう…随分と潔いな。もう少し抵抗されるのではと予想していたのだが…」
ノエル「この期に及んでそんな無様な真似はしない。望み通り、後は煮るなり焼くなり好きにすればいい。それだけの事を、私は今までしてきたのだから。そして目的を果たせたのなら早々に立ち去る事をお薦めするわ。この街は、あなた達のような人間が軽々に足を踏み入れていい場所じゃない」
グルーク「言われずともそうさせてもらうさ。貴様を捕えられれば、こんな掃き溜めにもう用はない。…おい、さっさと連れていけ!」
イサラ「———悪いな。そっちになくても此方にはまだ用があるんだよ」
ノエル「…イサラ!?」
イサラ「欲しいものは力ずくで奪い取る、ってのがこの街のルールでね分かったならさっととソイツを置いて、門の外に失せな!授業料は身ぐるみ全部で勘弁してやる。私が穏便でいられる内に、視界からさっさと消えちまえ…!」
素早く看守長に近づき、イサラはすべての怒りをぶつけるように殴りつけた。油断していたグルークは無様に呻く。
イサラ「おいっ!!てめぇらも何をお行儀良く突っ立ってやがる!憲兵にここまで舐められて、黙ってむざむざ帰すつもりか!いつからそんな腑抜けになり下がった!?お望み通り、”ならず者の流儀”ってやるを軍人様に思い知らせてやろうじゃないか!」
イサラの一声を皮切りにして、これまで固唾を飲んで見守っていた見物人の中にひとつの変化が起こる。鬱憤と苛立ち、あるいは目の前の外敵に対する生理的な嫌悪。元より排他的で、縄張り意識の強い街の住民にとって、その言葉はまさに火種だった。燻っていた負の感情には容易く火が点き、まるで決壊でも起こすかのように、うねる感情の濁流が巡視兵たちへの敵意に変わる。…怒声と狂熱が伝播していく。激情に任せて憲兵の1人に掴みかかった荒くれ者の怒号を皮切りに、酒瓶や石が飛び交い、周囲の人間たちが次々とパルミア軍へ躍り掛かった。
ノエル「イサラ…!どうしてこんな…!」
イサラ「ノエル!あいつに会うんだろ!だってあんなに楽しみにしてたじゃねえか!」
手を伸ばすノエル。人々が交錯し、混乱の一途を辿る市街地の一角で、渦中の外へと押し流されるように、少女の細指が空を切った。———…遠くから必死に呼びかける少女の顔を一瞥して、イサラは笑った。
イサラ「…だから必ず逃げ延びろよ。お前が幸せを望んじゃいけないなんてこと、絶対ないんだ。誰がお前を責めようと、そんなこと絶対ないんだよ…」
言い聞かせるようにイサラが呟く。あるいは自分は間違っているのかもしれない。ドブネズミの傷の舐め合いだと言われれば、所詮それまでなのかもしれない。…だとしても、この選択に悔いはなかった。この選択を迷わず選び取れた自分を、誇らしいとさえ思った。かつて喪った妹の面影と重なる少女を、今度こそ自身の手で守る事が出来たのだから。
イサラ「やれやれ…朝から忙しい一日だ…」

 



マリー「んんまいっ!酒もつまみの肉も良いな。ダルフィにこんな場所があるなんて驚きだ」

アネモネ「先ほどの店より、落ち着いて飲めるだろう。ノエルの紹介で入れた秘密の地下酒場という奴だ。素敵な場所を教えてくれた彼女に乾杯である」 吸血鬼は片手に持ったグラスを軽く上げる。薄暗い照明の下、赤々とした液体が揺れた。

マリー「…それ、本当に新鮮なトマトジュースだよな?」

アネモネ「ウォッカ入りのトマトジュースであるぞ。血まみれのそなたは美味であるなー」 そう笑いながら、吸血鬼はブラッディ・マリーを飲み干す。

マリー「その吸血鬼ジョークは笑えん……突然、服を脱ぎはじめないでくれよ。前の店では酒を飲んだ男も女も全裸になって…しばらくトラウマになりそうだ」

アネモネ「そなたは酒に強いからな。酔っ払いの乱交というのは合わんだろう。安心せよ、この店では気に入った娘と」

マリー「私は妻子持ちだ!そして、今の肉体は女性だぞ。それで女を抱くなんて……どうするんだ?」

アネモネ「知りたいか」

マリー「……知りたい」

アネモネ「実はな…」 秘めやかな囁きは上から響く喧騒によって遮られた。「ぬう?いつも何かしら騒がしい街であるが…この音は剣と鎧か。酔った冒険者が暴れているにしては数が多いな」
そう呟いて吸血鬼は席から立つ。隣を見るとマリーもまた離席し、警戒した様子で武器を手に取っていた。どうするか?など互いに聞くこともなく、2人は階段を登る。



アネモネ「随分と派手に踊ったようだな…イサラよ」
イサラ「…アンタか。ああ…これか?ちょっとばっかりドジを踏んじまってね。当分の間は刑務所暮らしになりそうだ」

マリー「ガードがいない無法の街と聞いていたが…ただごとじゃないな」
事情を問いただそうとしたが、彼女は黙って首を振った。皆まで聞くな、という事らしい。微かに表情を引き締めると、イサラは周囲を警戒しながら吸血鬼の耳元に顔を近づける。
イサラ「…ノエルの奴は無事に逃げ延びているよ。憲兵の目があって、まだ油断は出来ないんだけどね。行き先は盗品市場のアシムが知ってる。ぎりぎりでアンタに伝えられて良かった。頼む。あいつの力になってやってくれ」
すれ違い様、声を落としてそれだけ口にすると、イサラは振り向きもせず酒場から去っていった。マリーは急かすように青い目を細め、その様子に吸血鬼はニヤリと笑い、教えられた場所へ向かった。

 



マリー「地下水路にダルフィにすら留まる事が難しくなった犯罪者たちが最終手段として利用する逃走経路があるとな。既に憲兵たちの捜索が入っているようだが…」

アネモネ「ここは意図的に複雑化された迷路だ。ノエルはその正解を知っている。我らは惑いながら追おうじゃないか。ついでに耳障りな金属音を鳴らす奴らをミンチにするぞ」

マリー「気を付けろよ。看守長らしき男が巨大な獣を連れて、水路に入ったらしい」

アネモネ「問題ない。我は兵器を連れてきた」

マリー「…? …っ!私を人間兵器扱いするな!」

アネモネ「この前、空中でジャンプして2階の窓へ入っていくところを見たぞ」

マリー「何かおかしいのか?」

アネモネ「…扉を使え」

 

~地下水道深部~

猫科の肉食獣を思わせる素早い動きでこちらから距離を取る小柄な人影———…ナイフを身構え姿勢を低くしたノエルは、一泊置いて吸血鬼たちの姿に目を瞠った。一瞬だけ浮かぶ安堵したような表情と、哀しそうに伏せられる紫色の双眸が、今彼女の置かれた状況を物語っている。消え入りかけた声音で、ノエルはポツリと呟いた。
ノエル「やっぱり…来てしまったのね。なんとなく、こうなるじゃないかって気がしたの…。こういう時、あなたって絶対に後先を考えないから…」
後ろ手で腕を組む彼女は、目を逸らしたまま決して顔を上げようとしない。行き場を無くした迷子のように佇むその姿は、ひどく…本当にどうしようもないくらい弱り切っていた。ともすればこの場で崩れ去ってしまうのではと錯覚する程に。
ノエル「———っ…近づかないで…!」
距離を詰めようとする吸血鬼に向けられる、どこか非難めいた視線。拒絶の意を表し叫ぶと、ノエルは自嘲するように笑い、か細い声を絞り出した。
ノエル「ダメだよ…。あなたを巻き込めない…。あなたの手を取ったら、私、あなたまで不幸にしてしまう…」

アネモネ「…」
吸血鬼は革の手袋を外し、俯く彼女の目じりに薄く滲む涙を拭った。その冷え切ったその指先を、多少強引に握り締める。…自身の行動がどうのような結果をもたらすなど、この地下水路に入った時から既に分かっていたことだ。手を引かれた瞬間、微かに抵抗する素振りを見せたが、ノエルはあなたの腕を決して振り解こうとはしなかった。力ない指先がその不安と感情の揺らぎを伝えてくる。
ノエル「…馬鹿…」
消え入りそうな呟きが、アネモネの背中へと落とされた…

 


ノエル「ね、ねぇ…アネモネ。悪いんだけど、少し見張りをしていてくれる?…え?なんでって…い、いいから…!」(1人で行動していた時はまあいいか…と思っていたけど、水路で下着がびしょ濡れのまま…意識したら気になってきた)

アネモネ「わかったわかった。しっかりと見ておこう」
少女は仄かに頬を赤く染めながら、着替えるにはちょうどいい小部屋へ入っていく。
ノエル「えーと…確かバックパックに替えの下着が何枚か…」
無防備に置かれた濡れた下着に忍び寄る白い霧。音が無い風に吹かれたように、ノエルのパンティーは僅かに開いた扉の先へ飛んでいった。


アネモネ「ふふふ、今夜は眠れぬな!」 吸血鬼はご満悦な顔で、可愛らしいリボンがワンポイントのパンティを鑑賞している。

マリー「お前…何をして…!?」

アネモネ「ああ、すまぬ。マリーの分は取ってないぞ。詫びに我の下着を」

マリー「いらんっ!!」
ノエル「………。…今度、あなたたちの自宅に赤い花が咲くと思うから、楽しみにしてて」

アネモネ「…ははは、愉快な予告であるな。…ごめんなさい…… さて、猟犬共に見つかる前に先を急ぐぞ」

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