クレイモア吸血鬼の旅行記65


エリザ「…ねえ。やけに静かだと思いません?まるで人がいないような…」
アネモネ「気をつけよ、下僕共。血と腐った肉が匂いがする…!」
そう警戒した吸血鬼の声に答えるように、獣の唸り声と共に建物の陰から”何か”が群れを為して飛び出してきた————…!


エリザ「ひ…!」 その姿に少女は短く悲鳴を上げた。毛で覆われた腕が長い人のような生物、腐臭を漂わせる歪に捻じれた兎… 見るだけ吐き気を催す存在がそこにいた。
アネモネ「なんだこれは… イス系モンスターに似ている?エリザ、あまり直視するな。正気を失うかもしれん。ジル、轟音の波動で派手に吹っ飛ばしてやれ!」
ジル「はいですでーす♪」*どぉーんどぉーん*


白い大地に付着する赤黒い肉塊、甲高い呻き声と共にビクビクと痙攣するそれは、首が飛び散った断面から微細な触手を伸ばし、吸血鬼たちへ寄生しようと這い回っていた…。
アネモネ「…」 吸血鬼は無言で炎の魔法を放ち。気味が悪い死体を焼き尽くした。「街中にモンスターが入り込んだというには、不気味な状況であるな」
周りをよく見ると、あちこちの建物が壊されており。街の中心には大量の墓が並んでいた…
エリザ「街の人は…ううん。どこかに隠れているかもしれませんわ。探してみましょう」


エリザ「教会は無事みたいですわね… 入口に守りの魔法陣がありましたけど、誰もいない…?」
アネモネ「ぬう?ここの床、何かズレておる」 気になった個所を触ると、床に偽装された扉が開き。階段が現れた。
ドラクル「先ほどまで感じなかった生きた人間の気配がしますね。扉に結界が張られていたのでしょうか」


よほど恐ろしいものでも見たのだろうか。彼らは一様に引き攣った表情を浮かべ、震えたままその場を動こうとしない。
エリザ「良かった… 生きている人がいたのですね」 安堵する少女だが、ふと隣の吸血鬼を見ると誰かを探すように紫の瞳を彷徨わせることに気づいた。「誰か探していますの?」
アネモネ「知り合いをな。こんなことになるなら…」
ロイター「何処かで見た顔だと思えば…、貴様、生きていたのか」
群衆の間を縫うようにして、無遠慮な声が堂内に響いた。見ればヴェルニースの酒場で見かけた赤髪の男が、不機嫌そうに十字架に寄りかかり、こちらを見据えている…


ロイター「この街に以前ザナンの実験場で飼われていたものとそっくりの怪物が現れた、という報告を受けてな。調査に赴いたのは良いが、混乱しすぎて状況が把握できん…ここから北西にある洋館から奴らが湧き出していることは間違いなさそうだが…」
アネモネ「調べてないのか?」
ロイター「…街の生き残りと周辺の負傷者を集め、とりあいず礼拝堂に避難させている。不本意だが、場を収められるリーダーというのが必要のようだ。俺はここから動くことができない。調査に向かわせた兵士たちが帰ってこないことが、気がかりだが…仕方あるまい」
アネモネ「ははっ。ヴェルニース酒場で尻を眺めているより有意義ではないか。ところで、リリィとパエルという親子の行方を知らぬか?」
ロイター「…?聞かん名だな。少なくても、避難者のリストにそんな名前の親子は記載されていない。逃げ遅れたか、それ以前にどこかで野垂れ死んだのか…。気になるなら、それらで縮こまっている住人を捕まえて問い詰めてみてはどうだ?」
アネモネ「わかった。我らの方で勝手に調べる」
ロイター「…街の外れに住む魔女が一人、礼拝堂への受け入れを拒んだらしい。齢何百にもなる魔性の者だそうだが、この非常時には利用価値があるかもしれんな。街の西端にかかる橋を渡った先の一軒家に居るらしい」
アネモネ「魔女とな…?初めて聞くな。せっかくだ、尋ねてみるとしよう」


生き残った住民から話を聞いていく一行だが、リリィの名前を出した途端ひどく怯え、まともに会話が出来ない状態になってしまう。そして、子供が攫われたと狂乱する人間もいた。確かに1人も子供がいない…
アネモネ「…」 そういう状況ではないというのもあるが、人々の反応に吸血鬼の表情から普段の快活さが消えていく。その目は静かに、感情の高ぶりに赤く染まっていくかのように見えた。
エリザ「あなたがこんなに探していらっしゃるのですもの。きっと手掛かりが見つかりますわよ」
アネモネ「そうだな」 少女の言葉に穏やかに紫の目を細める吸血鬼。
???「貴方たちも誰か探しているの…?」 そこに悲壮な表情をした娘が話しかけてきた。


ニスファラ「…どうか、心の片隅に留めて頂けるだけでも結構ですから…行く先で彼を見かけることがあったら、言伝て欲しいんです。『一目でいいから顔を見せに帰ってきて。あなたが無事でさえ居てくれれば、私は他に何も望まない』って」
アネモネ「なかなかにお熱いことだ。良い、我の人探しのついでに探してやろう」
ニスファラ「ありがとうございます…!このお礼は後できっと…。…え?幼馴染の特徴?そ、そうですよね。私ったら動転してそんなことも伝えず…。彼はこの、私と同じ形のリングを指に嵌めている筈なんです。十年以上前、誕生日に彼がくれた手作りの指輪で…。お互い肌身離さず持っていようって約束した宝物だから」
エリザ「まあ、素敵… 見つけたら、かならず伝えますわね!」

 


アネモネ「あやつが言っていた家はここか… どのような魔女だろうな? …黒ドレスの妖艶な美女だと、我が嬉しいが」
エリザ「青い薔薇を欲しがる恐ろしい老婆かもしれませんわよ」
???「あら、ご期待通りだといいんだけど… 入ってらっしゃい。外は寒いでしょう」
小屋の奥から落ち着いた女の声が響いてきた。招きに応じて扉を開くと、灰髪の女性が暖炉の前でたおやかな笑みを浮かべている。…中に彼女以外の人影は見当たらない。この年若くすら見える人間が、ロイターが言っていた魔性の者なのだろうか?


ほのかに香り立つ紅茶を器に注ぎながら、異界の魔女はどこまでも穏やかな眼差しで吸血鬼を見つめた。その視線になぜか胸ざわついた。
アネモネ「街で起こっている事件は知っているな。我らはその調査と…人探しをしておる。リリィとパエルのことを知っているか?」
アルハザード「リリィ…あの人のことはよく覚えているわ。娘が熱病に侵された…と以前、私のもとを尋ねてきたことがあったの。エーテルによって変わってしまった顔のことをひどく気にしていたけれど、そんなもの問題ならないぐらい澄んだ綺麗な目をした人だった…」
アネモネ「パエルは…どうなったのだ?」
アルハザード「薬のことは専門外だからどれだけ力になれたかは分からないけれど、娘さんは一応、持ち直したと聞いているわ」
エリザ「それは良かったですわ…」 嬉しそうに笑みを浮かべる少女だが、次の魔女の言葉に笑顔は消えた。
アルハザード「そう。そういえば、ちょうど街で彼女の姿を見かけなくなった頃だったかしらね。この小屋の周囲に、異界の眷属たちが姿を現すようになったのも」
アネモネ「行方を知ってるか?」
アルハザード「…ノイエルに向かう道中で、赤い大きな屋敷を見かけなかった?彼女は娘が病気になった後に移り住んだらしいわ。街に溢れている異世界からの来訪者イスが居た異界へ繋がる門は、あの建造物の奥深くに口を開けている。あれをもう一度閉じるには誰かが境界の淵へと赴き、その歪みを正すしかない…。浸食された空間の中、最後まで正気を保っていられればの話だけど」
アネモネ「すべてを教えてくれぬのだな。まあよい、世話になった」
アルハザード「…館の奥底で眠るモノはこれまであなたが闘ってきた魔物とはまるで別次元の存在だわ。決して”理解”しようとは思わないで。『混沌(カオス)は混沌のままに捉え、そしてその還るべきもまた混沌』————この言葉を肝に命じておきなさい」
アネモネ「難しいことを言う。怪物と戦う者は、その過程で自分自身を怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ… 関わるということは知ることであり、その存在に共感し、無意識に影響を受けることもある。…だが、麗しい魔女の忠告だ。素直に受け取ってやろう」

 

~リリィ邸~

エリザ「外観だけでも恐ろしい雰囲気ですわね… それに、街で遭遇したモンスターと同じ匂いが強くなっていますわ」 少女は気分が悪くなったのか、口元を抑えた。
ジル「あれ?誰かいますね。何か情報を得られるかもしれません。僕、話して…」
アネモネ「我が話す。そなたらは下がれ」
ジル「…わかりました。マスター」 少し不満げな顔をしたが、吸血鬼の硬い声音に察して、少年は素直に従った。


そう話しかけてきた黒い男の前にある墓を見ると、”リリィ・パエル親子、ここに眠る”と、暮石に刻まれていた。
???「あなたも余り、この館の主と関わり合いにはならないことです。目を覆いたくなるような事実には自分から目を背けることが肝要なのですから…。…フフッ、それでは、またご縁があれば」 嘲笑うのように口の端を上げ、ふわりと姿を消す黒い男。
アネモネ(おかしなものが紛れているな… 混沌としたイルヴァとはいえ、我には受け入れがたい醜悪だ)