クレイモア吸血鬼の旅行記60


アネモネ「ぬ?あれは…」
パルミアをぶらりと1人散策していた吸血鬼の目に留まったのは、フードを深く被りコソコソとした様子で買い物をするノエルだった。
ノエル「…ちょっと。何を勘違いしてるの?プレゼント用だってさっきから言ってるじゃない。まさか、私がこんな玩具を欲しがるような年に見えるっていうの?」
アンティーク屋の親父「そう言われてもねえ…背格好だけ見ると、そうだとしか…」
アネモネ「確かにノエルは愛らしい少女であるな」 ごく自然に会話に入ってきた幼女はノエルの背後から顔を出した。
ノエル「…ひゃあっ!な、なに…?え…?あなた、どうしてこんな所に…。あ…これは違うのよ!別に私がぬいぐるみを欲しいわけじゃ…」
アンティーク屋の親父「おんや。可愛らしいお友達…姉妹かな?」
ノエル「だから違うって言ってるでしょうっ!?」
アネモネ「ふむ…ノエルお姉さま♪」
ノエル「ふざけないでっ!」


ノエル「それにしても参ったわ…。こんな玩具を買うのも命がけだなんて。自業自得はいえ、何か手立てを考えないと。ぬいぐるみとかアクセサリとか、そんな嗜好品なんてダルフィには売ってないし…」
アネモネ「随分と苦労したようだが… なぜそこまでして、玩具を手に入れようとしたのだ?」
ノエル「…あなたなら話してもいい、かな…。ねえ。一つ、引き受けて欲しい依頼があるのだけど…話を聞いてもらえない?」

 


子供たち『ハーイ!』
穏やかで優しい声。はしゃぐ子供たちの声が聞こえる。
子供たち「せんせー!」「院長せんせい…」
イーシャ「あら、ディーン。それにシェリルも。その花飾りは」
シェリル「…あのね。今年ももうすぐ《黒猫さん》がプレゼントを届けてくれる時期でしょう?だから…」
ディーン「いつも貰ってばっかりじゃ悪いから、何かお返ししようってシェリルがさ。本当は直接手渡ししたいけど、《黒猫》は恥ずかしがり屋なんだろ?
イーシャ「まあ、それで…。うふふ、きっと《黒猫さん》も喜ぶわね…。うん、確かに預かったわ。これはディーンとシェリルからだって、先生がちゃんと伝えておきますからね」
シェリル「…ありがとうございます。イーシャせんせい」

 

ノエル「………。ん…コホン。大体、状況は飲み込めたかしら。ここは昔、私が世話になったことのある孤児院でね…今でも気まぐれに、物資や絵本なんかを寄付したりしているのよ。《路地裏の黒猫》っていうのは私の匿名。なによ…何か文句でもあるの?」
アネモネ「愛らしいと思うぞ。黒猫さん♪」
ノエル「《路地裏の黒猫》よ。なんで皆、黒猫黒猫って…。爆弾魔として指名手配される前からの習慣なんだけど、なんだか止め時が見つからないのよね…。あの頃はまだ良かったわ。資金は潤沢とは言えなかったけど、大手を振って街の往来を出歩けたし…」
アネモネ「ガードなどミンチすれば良いだろう」
ノエル「そんなことが出来るのはアネモネだからよ…。そこで、あなたにお願いがあるの。私の代わりに今から言う品目を調達してきてはくれないかしら?勿論、冒険者としての正式な依頼よ。報酬はきちんと用意するわ」
アネモネ「ふはーっははははははっ!かならず求める物を見つけてこよう。我に任せるがよい!」
ノエル「お、大きな声を出さないで…気づかれるじゃないの!」

 


エリザ「突然、孤児院に贈る物をするぞーと、言い出したのは彼女の依頼だったのですね」
アネモネ「一緒に来るといい。と言ったのだが、逃げられてしまったのである。…そんなに気にする必要は無いと思うのだがな」
シェリル「このぬいぐるみ…かわいい…」
ディーン「わー!本物のハーモニカだ!すげー」
ドラクル「みなさん、大喜びの様子でございますね。私からもお菓子をあげてきましょうか」
ジル「僕も…ううっ、何も持ってないですです…」
アネモネ「遊び相手になったらどうだ。新しい玩具で遊びたい気分になっているであろう」
ジル「マスター…!はい、ですです♪」
エリザ「あなたも遊んで来たら?同じぐらいの歳でしょう」
アネモネ「はっはっはっ。我は見た目より年寄りだぞ」
エリザ「精神年齢で言ったのですけど」
アネモネ「えー。我は最強無敵な超絶美形ダンディであろう~」
エリザ「自分で最強無敵とか言ってる幼女のどこがダンディですのよ…」

 

「…」 プレゼントに喜び、賑わう孤児院を見つめる瞳があった。嬉しそうな寂しそうな、そんな顔をして。
イーシャ「ふふっ…みんなあんなに喜んで…。ありがとう、ノエル。これもあなたのおかげだわ」

イーシャ「あなたは昔から恥ずかしがり屋だものね。なんとなく、近くで様子を見ているんじゃないかと思っていたわ」
ノエル「………変わらないわね、ここは…」
イーシャ「ええ、あなたが孤児院を出て行ったあの頃のまま。皆、元気に育ってるわ。こうして”お姉ちゃん”も時々様子を見に来てくれるしね…」
ノエル「やめてよ…。私はただ、昔の借りを返しているだけ。もうこの院とは縁を切ったし、あなた達とも赤の他人…。私と直接関わり合いになればどういうことになるか、教えるまでもなく察しぐらい付くでしょう?」
イーシャ「そう…あなたは優しいのね、ノエル。本当に…。見ているこちらが心配になるぐらい」
ノエル「………もう行くわ。お互い顔を合わせるべきじゃなかった…。さようなら、院長先生。無理をするのもいいけど、体にだけは気を付けてね」
そう言い残して、陽が落ちて夜に変わっていく暗い闇へノエルは消えていった…。
イーシャ「ノエル…」(本当は…) 呟きながら、涙が零れそうだと気づいた。(本当はあの子の言葉を否定してあげたかった。冷え切った寂しげな眼差しを受け止めて、”そんな事はない”と。”私があなたのお母さんになってあげる”と。たった一人で生きようとするあの子を抱きしめてそう伝えてあげたかった。私が今よりもう少しだけ強く在れたなら… 彼女が今よりもう少しだけ弱く居てくれたなら… だけど、ああーーーー…)
イーシャ「”院長先生”…」
全てを拒絶しながら。誰も傷つけたくないと周囲から大きく距離を取りながら。----それでもあの子は、私の事を”先生”と呼んだのだ…。

 


ノエル「疲労と空腹で路傍に行き倒れた私を、先生は院に迎え入れてくれた。看病をしながら、自分たちと家族になりましょうって、私にそう言ってくれたわ。結局一緒に過ごしたのは、ほんの一年にも満たない時間だったんだけどね…」
アネモネ「…」 こっそり帰っていくノエルを見つけ、ふわりとマントを広げて彼女の隣に立つ吸血鬼にノエルは自然と過去を語りだしていた。
ノエル「…私はあの人の甘さが嫌いだった。あの人はきっと理解(わか)っていたと思うから。私が危険な人間だって。時々、私の濁った目を見て、怯えるような顔をしていたわ。それでも一度握った私の手を決して離そうとしなかった」
一瞬、ノエルはつらそうな表情に浮かべたが。振り切るように冷たい口調で、次の言葉を紡ぐ。
ノエル「抱え込んだものが多すぎて、今まで積み上げてきたものが多すぎて、手に余る私ですら見捨てる事が出来なかったのね。だけど、そのまま繋ぎ止めていられるほど強くなかった。私が出ていくと告げた時のあの人の心底安堵したような顔は…今でもちょっと忘れられそうにないかな」
けれど、傷ついている心は隠せてなかった。
ノエル「…勘違いしないでね。悪いのは全部私なんだから。彼女に落ち度があったとすれば、それは一つだけ。私みたいな人間に、初めから手を差し伸べるべきじゃなかった…。ただの親切心のつもりが、歪んだ犯罪者を生かす原因の一端になってしまったんだから…。…ホント、ご愁傷様だわ」
アネモネ「……ノエル。そなたがどう思おうが、一度関わった縁が消えぬよ。この依頼を我に頼んだ時点でな」 その言葉にノエルは複雑そうに、皮肉的な笑みを浮かべた。
ノエル「家族、か… 眩しすぎて私には直視出来ないわね…」


エリザ「いつのまにか、いなくなっていると思ったら。こんなところにいたのですのね」
アネモネ「むう?ここからの眺めは最高だと、少年に聞いてな。うむ、絶景であーる絶景であーる!」
エリザ「確かに綺麗ですけど、そんなに身を乗り出すのはやめてちょうだい。子供が見たら真似するわよ」
アネモネ「はははっ。エリザは良い母親になれるであろうな」
エリザ「ですから、崖からもっと離れて…え?」
アネモネ「…ぬ?」
しばし二人は見つめ合った。やけに赤く見えるのは夕日のせいではないだろう。
アネモネ「…眩しいな、夕日が。エリザ、中に戻るとしよう」
エリザ「そ、そうですわね…」
アネモネ「…」(なぜ…あのようなことを口走ってしまったのだろう…?家族…最愛の存在など二度と望まないと思っていたのに)