黒髪の少女「Mr.アネモネ…!お久しぶりね…!」 弾んだ声でそう話しかけると、黒髪の少女は吸血鬼に抱きついた。
エリザ「…あの?この子は一体?」
アネモネ「メレムだが」
メレム「ふふ、やっぱりここが一番落ち着くわ」 黒髪の少女は嬉しそうに吸血鬼のマントの中に潜り込み、柔らかなほっぺたがくっつくほど顔を近づけている。
エリザ「…っ!?名前じゃなくて、どういう関係なのか説明してくださる…?」
ジル「僕もマスターの中に入りたいですですー!」
メレム「まあ!私より大きいのに甘え坊さんね」
ジル「ぼ、僕はお前より大人ですよ。ご褒美の時にしか甘えないですです!」
アネモネ「メレムはなー…なんというか、我の娘みたいなものだな」
エリザ「は?」
ドラクル「お嬢様が奥様に…?」
それぞれが雑多に話す中、場を収めるように謎の科学者は口を開いた。
謎の科学者「先日、ようやく彼女の身体の微調整が終わったところなの。容体はとても安定しているわ。…恐らく、もう暴走状態に陥ることはないでしょう。本当にありがとう…あなたのおかげよ」
エリザ「私たちが知らない間に何かをしていたようね。あなた、きちんと初めから話してちょうだい」
アネモネ「わかったわかった」
アネモネ「ある日、我はメレムの教師になってくれぬかと依頼されたのだ。今まで保護したリトルシスターはすべて彼女が世話していたのに。不思議に思ったものだ」
エリザ「確かにあなたに任せるなんておかしいわね」
アネモネ「ふふふっ。彼女は我だからこそ!という信頼をしたのだろうな。我はその依頼を引き受けることにしたのだ」
謎の科学者(…本当は駄目で元々のつもりだったんだけどね)
メレム「誰…?私に何か用があるの?」
廃墟と化したアクリ・テオラに響く、悲しげな少女の声。崩れた壁の隙間から吹く風に艶やかな黒髪と赤いスカートが揺れていた。
アネモネ「我はそなたの先生だ」
メレム「…せんせい?よく分からないけど、それは私に色々な知識を教えてくれる人のこと?」
アネモネ「そうだ。望めば我が知り得ることを与えてやろう。無垢な娘よ」
メレム「せんせい…。それじゃあ名前は…?あなたの名前を教えてくれる?……アネモネ…Miss.アネモネ」
アネモネ「ぬう?Mr.だぞ」
メレム「??? そう言うなら、そう呼ぶけど…それではMr.アネモネ、恐縮だけどちょっと失礼するわね」
そう言うと黒髪の少女は抱きつき、吸血鬼の白い頬に顔を寄せた。
メレム「…ふぅ。落ち着くわ。こんな風に人肌に触れるのって久しぶり…Mr.アネモネって、体温が低いのね」
アネモネ「ふふ、はははっ!愛らしいことを言う。メレムが望むなら、いくらでも抱いてやろう」
少女は色んなことに興味津々で、砂の上に零れた水のように知識を吸収していく。吸血鬼は教えがいある子だと張り切り、次々と教えていった。
勉強の合間にプチをぷにぷにしたり、周辺を一緒に散歩したりなど、彼女と過ごす時間はとても穏やかで楽しいものだった。
吸血鬼はふと思った。娘がいたなら、こんな風なのだろうか…ジルは己の感情に素直で無邪気で、まだまだ危なっかしいが、いつか独り立ちするだろうと考えている。メレムはそれよりずっと早く大人になって、自分のもとから離れていきそうな…そんな予感がする。昔から女は男より早熟だと聞く。だから、今この時もっともっと彼女に構いたい。そんな気持ちになるのだ。
メレム「あれ…?おかしいな…。最近なんだか疲れやすい気がするの。どうしたんだろう…」
だが、時々。メレムは調子が悪そうな様子を見せていた。
アネモネ「心配した我は、メレムについて詳しい謎の科学者に話を…」
メレム「Mr.アネモネ。彼女のことを言い忘れてない?」
アネモネ「…は、はははっ。そうだな~…そうであるな。臨時講師としてラーネイレを呼んだことがあったであるな~」
エリザ「何か言動が怪しいのですけど…?」*じー*
アネモネ「…」
メレム「ぼっきゅぼん!ぼっきゅぼん!というやつね。憧れるわ、Miss.ラーネイレ!」
ラーネイレ「あ、ありがとう。…だけど、あなただってきっとすぐに大きくなるわよ。これからが成長期なんだもの」
メレム「なんて大人っぽい発言なの…。この肢体が拝めないMr.は今頃きっと泣いているに違いないわ。写真に収めて後で見せてあげなきゃ」
ラーネイレ「や、やめて…。カメラをしまって…!きゃー!」
アネモネ(素晴らしかった…)「メレムはラーネイレによく懐いていた。2人仲良くシャワーを浴びるほどにな。それだけだぞ」
メレム「あら?Mr.アネモネにそのことを話したかしら?」
アネモネ「ハッ!?」
エリザ「へぇ。なんで知っているのか説明してくださるわよね。あなた…!」
アネモネ「いや、我はほとんど廃墟である場所で無防備になる2人を心配して… うむ、断りなくやったが。あ、いや。エリザ、ま…ぬわあああああああああっ!!」
謎の科学者「…あなたにとって、彼女と過ごす時間は有意義と言えるものかしら?出来れば、もう少しだけ私の我が侭に付き合ってくれると助かるわ…」
体調が悪そうなメレムについて相談したが、その返事はどこか曖昧で…不審だ。謎だらけの依頼…やめろうと思えばいつでもやめることができるのだろう。だが、いつも廃墟にひとりぼっちでいるメレムを放っておくなんて出来ない。一瞬、そんな場所にいると知っていながら1人にしている謎の科学者に対して苛立ったが、吸血鬼が訪れた時に浮かぶメレムの嬉しそうな顔を思い出すと、そんなことを気にするより彼女に会いに行こうと思った。
メレムは吸血鬼の傍に駆け寄ろうとして、よろけるようにその場でうずくまった。どうやら体に力が入らないらしい。立ち上がろうとしては転び、何度も地面に倒れ伏している。
アネモネ「メレム!」
吸血鬼は急いで、メレムを抱き起した。つらそうに激しい呼吸を繰り返している。
メレム「お、おかしいな…。わたし…どうしちゃったんだろう…。せっかく、我慢してたのに…これじゃあ…いたい…体中が…いたいよ…」
弱々しくそう呟いた後、メレムは糸がきれたように、その場で意識を失った…
アネモネ(外傷は見当たらぬな…病気か?もしかして、初めにあった時からずっと…?また聞きに行くしかないか)
吸血鬼はメレムを安静できる場所に運ぶと、謎の科学者のもとへ向かう移動のルーンを発動した。
謎の科学者「仕事を頼む前に、最初に私が言ったことを覚えているかしら?あなたの選択が彼女の未来を決めると…その時が…近づいているのかもしれないわね。彼女と共にあなたが過ごした時間…彼女に教えた事実全てが問われる瞬間が」
アネモネ「我の行動で?人が選べる未来など些細なことだ…いつまで生きられるのか幸せでいられるのか、己の意思とは関係ないところで決まる。…いい加減、真実を教えてくれぬか」
謎の科学者「…メレムの傍にいてちょうだい。私が今、言えることはそれだけよ」
アネモネ「…」 吸血鬼は赤い目を細めたが、時間を惜しむように再びルーン文字が刻まれた石に魔力を込めた。(メレムのもとへ急がなければ…)
研究所は不自然なほど静まり返っているーーー… メレムを寝かせた部屋を見たが、彼女の姿は無く。一体どこへ…焦った吸血鬼の脳裏に過ぎったのは固く閉ざされている奥の扉だった。
アネモネ「メレム…?」
メレム「アネモネ…?だめ…部屋に入ってこないで…。お願い…」
アネモネ「すまぬな。それは聞けぬわっ!!」 そう言い放つと、吸血鬼は怪力で扉に破壊した。
炭素性のガスと生臭い血の匂いが辺りに充満している…
メレム「わたしはただ、あなたと…あなたと一緒に…見ないで…コンナ私ノ姿…ミナイデ…」
澱んだ培養層の並ぶ研究所の中央…そこに、変わり果てた姿をしたメレムが震えながら蹲っていた…
アネモネ「これが我に隠していたことなのか…」
謎の科学者「……」
背後に気配を感じ、見るとそこには悲哀に沈んだ瞳をした謎の科学者が立っていた。いつのまにと思ったが、元々彼女はこのアクリ・テオラの住民だ。ポート・カプールからここにワープする装置があるのかもしれない。
謎の科学者「胸騒ぎがして来てしまったの…。そう、やはりダメだったのね…。あなたでも彼女を救うことは出来なかった…彼女はイェルスの地下研究所で特殊な調整を受けていたリトルシスター…。戦闘能力の向上のために特化された肉体と、凶暴な自我が成長によって発芽するようにプログラムされた生体兵器よ」
アネモネ「…!」
謎の科学者「二年前、メレムを研究所から保護した私は、彼女を枷から解き放とうと再調整を続けていた。けれど、あと一歩のところで…。彼女の力に目を付けたアクリ・テオラの科学者たちに妨害されたの」
アネモネ「身勝手な連中だ…死んだようだがな。ここがこうなっているということは…」
謎の科学者「ええ。徹底的に破壊し尽くされてしまった…暴走したメレムの手によって」
人として形を棄て、かつての面影すら失ってしまった彼女は…しかし、怯えた様子であなたから大きく距離を取ろうとする。…吸血鬼は構わず、彼女の傍へと近づいた。
謎の科学者「危険よ…!一度、変異してしまった生体兵器の肉体は、もう二度と元には戻らない。彼女の自我だっていつ失われてしまうか…」
アネモネ「我が出来ることなど些細なことで…永遠の幸せなど約束できない。だが、出来ることはすべてやるのだ。目の前で泣いているメレムを笑顔にしてやりたいのだ」
何か別の事を思い出しているような少し遠い目をした吸血鬼は静かに笑みを浮かべ、泣きじゃくりながらうずくまるメレムの頭をそっと撫でた。
メレム「ウ…ウゥ…ッ…ワタシ…コンナ醜イ身体ニナンテナリタクナカッタ…。アナタト同ジ人間ニ生マレテキタカッタ…ソウスレバマタ…アナタト一緒ニ…」
アネモネ「今日は何をしようか?この前、読みたいと言っていた本を持ってきたやったぞ。読み聞かせてやろうか?それとも外で遊ぼうか。眩しいほど太陽が輝いているぞ」
メレム「-----…」
謎の科学者「え…?」
思わず驚きの声を上げてしまった。吸血鬼に抱かれたメレムの姿がどんどん小さく人の形へ変化していく。
謎の科学者「これは…。まさか、肉体が再構築されているとでも言うの…。彼女がヒトであることを望んだから…?一度変異してしまった遺伝子が復元するなんて…そんなことが…」
アネモネ「メレムが選んだのだ。この未来をな」
アネモネ「ということがあったのである。可憐な乙女を救う我かっこいいであろう」 吸血鬼はメレムの頭をなでなでしながら、誇らしげに笑った。
ジル「すっごーいですです。さすがマスターですです♪」(マスターのなでなで羨ましい…)
謎の科学者「あの時は私の計算なんて初めから何の意味もなかったって…嫌になっちゃったわ。でも、こうしてメレムの笑顔が見れて本当に良かったわ」
エリザ「素敵だと思いましたわ。あなたの”その”行動は」 少女はうつむきながら、頬を赤く染めた。
アネモネ「そ、そうか…?」 その言葉に吸血鬼は胸がドキリとした。
エリザ「で・す・け・ど、覗き見したことは許さないですわ!」
アネモネ「あ、はい。ごめんなさいである」
メレム「くすくす。Mr.アネモネのそんな姿はじめた見たわ。ねえ、もっとお話ししたいわ。北にあるパブにみんなで行かない?」
ドラクル「それはよろしいですね。せっかくですから、皆さんに私の紅茶と菓子を振舞いたいですね」
メレム「お菓子!早く食べたいわ!」
アネモネ「ぬわわわ!?我のマントを引っぱるのではない…首がしま……ぬわーっ!!」
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