アネモネ「せっかくポート・カプールに戻ってきたのだ。戦士ギルドマスターの麗しい姿でも愛でるとしよう」
エリザ「なんのようだ!と言われるだけだと思いますわよ」
アネモネ「ふ。あの娘は美しすぎる我に照れておるのだ。愛いことだ」
エリザ「盗賊ギルドと魔術士ギルドのマスターも同じことを言っていたと思うのですけど…」
アネモネ「我は女も男も魅了するからな!はっはっはっはっ!」
フレイ「君が踊れ月光アネモネ…?昔、どこかで見たような…まぁいい。人伝てにだが噂は聞いている。ここ最近、パルミアで起きた奇妙な事件を解決に導いた冒険者が居ると」
エリザ「…」 少女は憐れんだ目で吸血鬼を見た。
アネモネ「はははっ…。そう!我が最強無敵の超絶美形冒険者であるぞ!」 吸血鬼ちょっぴり涙目になっていた。
フレイ「…?話で聞いたとおり陽気な方だな。もし良ければ私の話を聞いてはもらえないだろうか。君のような腕利きの人間にしか頼めない依頼があるんだ」
アネモネ「ふふふ…ふはーははははっ!どんなことであろうと我が力になってやろう。話せ」
フレイ「礼を言う。依頼というのは他でもない。実は君に一人、捜して欲しい人物がいる。…いや、このまま此処で立ち話というのもなんだな。ギルド内の私の部屋へ案内しよう。詳しい事情は其処で説明するよ」
固い表情を崩さないまま、戦士ギルドの長は一枚の人相書きを差し出した。
フレイ「…私の実姉だ。名をレファナという」
羊皮紙に描かれていたのは、プラチナブロンドと銀色に輝く瞳が印象的な、鋭い美貌を持つ少女だった。目の前のフレイと同じか、下手をすればそれよりももっと幼い頃の似顔絵だろうか。しかし見るものを射抜くその氷のような視線は紙面越しながら、吸血鬼の胸中をざわめかせた。
エリザ「あ。このひと、先日の…?」
アネモネ「うむ。よく似ているな」
フレイ「見かけたのか!?やはりポート・カプールの泊地で目撃された情報は… あ、すまない。その絵は今から八年前…16歳の誕生日を迎えた姉の、ギルドマスター継承を祝って描かれた肖像画だ。今でこそ私が長という位置に収まっている戦士ギルドだが、本来、家督を継ぎ、ギルドマスターを襲名するのは彼女の筈だった」
現戦士ギルドマスターは懐かしむような、どこか寂しげ感情を浮かべる。
フレイ「…そうなるに相応しいだけの資質が、彼女にはあった。襲名式の前日、父と衝突した姉がティリスを捨て、異国の地へ出奔したと聞かされるまで、私自身が信じて疑わなかったほどに…。この八年間、一体何処で何をしていたのか…。誰の元に寄せ、その剣を振るってきたのか…。ギルドの情報網を使ってもその足取りの一切を掴むことが出来なかった。私がギルドマスターを継いでからの三年間、必死の捜索にも関わらず一切…。私はもう一度、姉に会いたい…。会って、訪ねたい事や伝えたい事がたくさん有るんだ。そして、出来得るなら昔のように共にーーー…」
アネモネ「わかった。引き受けてやろう。家族は大事であるからな」
アネモネ「表の顔である戦士ギルドの力で見つからぬなら、裏に聞けと思ってな。ノエル、捜している人間がいるのだが。少し良いか?」
ノエル「あなたには大きなお世話をもらったからね。その話、詳しく聞かせてくれるかしら」
ノエル「…それにしても、あのレファナが戦士ギルドマスターの直系だというのは初耳だわ。血は争えないということか…あるいは彼女なりの皮肉のつもりかしらね。かつて自分が失ってしまった境遇に対する…」
アネモネ「随分と知っている様子だな。そんなに有名なのか」
ノエル「ええ。私たちの世界でその固有名詞を指す人物は一人しかない。裏社会では相当な有名人よ。国際的な賞金首…非公式ながら大陸規模に拠点を展開する巨大なギルドの首魅と目されている。彼女たちの生業とするものは”暗殺”。それも各国の要人に対象を搾った、大がかりな…ここ数年で明るみになった大国内の暗殺事件の裏には、必ずレファナの影がある」
エリザ「もしかして、3年前のジャビ王暗殺は…」
ノエル「間違いなくレファナ自身が手を下したものね。きっとザナンの…。関係者は絶対にギルドに関して口を割ろうとしない。依頼人の殆どが、既に国の要職に就いている人間だというの理由の一つ。目障りな政敵を力づくで闇に葬った…なんて事実は出来れば無かったことにしたいでしょう?だから依頼の内容に関しては、放っておいても徹底的な揉み消しが行われる」
ドラクル「あるいは…”もしも自分の内情を漏らせば、次に消されるのはお前だ”と、依頼を受ける条件にしているかもしれませんね」
ノエル「…そんな事情もあって、裏の世界を生きる人間ですら、おいそれとは近づけない危険人物なのよ、レファナという女は。だけど、これでようやく合点がいったわ。私もちょっとした噂を小耳に挟んでいたの。”数日前に銀眼の女がダルフィの市場を訪れた”ってね」
エリザ「…本当にあのフレイさんのお姉さんなのかしら?」
アネモネ「会って話せば分かるであろう。ノエル、その場所へ案内してくれ」
ティリスの犯罪者たちがそれぞれ曰くつきの品を持ち寄って、自由に売り買いを行うブラックマーケットに訪れた一行。ノエルの顔馴染みであるアシムという男から「つい最近に有名人が”盗品”を買った。そうそう、ついでにもう一つ口を滑らせておこう。外からやって来た旅人が観光するとしたら王都だ」という話を聞く。
ノエル「まったく、これぐらいスリルがあった方が丁度良いとか…馬鹿なことを。うん?あなたは別に気にしないで。…”盗品”というのは一種の隠語でね。大手を振って持ち運べない違法品や、港の検問で引っ掛かるような危険物を、盗品として一度、流通ルートに流して、ここで改めて回収するのよ。その実、絶対に他人の手には渡らないよう打ち合わせて、あくまでも”身元不明の物品を売り買いした”という体で、ね」
アネモネ「猫の揺り籠もか?」
ノエル「ご想像通りよ。でも、もう売ってあげられないわよ。今の私には核爆弾なんて必要ないから…。レファナも御多分に漏れず何かを回収して次の目的地に向かったようね」
アネモネ「王都パルミアか。…ノエル、色々とつき合ってくれて助かったのである。ご褒美に今度プレゼントを持って来てやろう」
ノエル「この前、お願いした物は私にじゃなくて孤児院に…え?私に贈りものをしたい?い、いいわよ!そんなの似合わないし… ねぇ、あなたにとっては余計なお世話かもしれないけれど、白銀のレファナは本当に危険な人物よ。この依頼、あまり深入りしすぎない方がいいんじゃない?」
アネモネ「依頼人はたった1人の家族である姉に会いたいと言ったのだ。なら、我が出来ることすべてで捜すのである」
ノエル「アネモネって、やると決めたら絶対に曲げない頑固者よね。悪夢の世界でも…そういえば、あの時のあなた…黒髪で赤い目の男性に見えていたような気がするんだけど?」
エリザ(男性…?)
アネモネ「はははっ、夢を見たのだろう。それでは下僕共よ、パルミアへ行くぞー」
ーーー吸血鬼は往来の影から放たれる殺気に眉をひそめた…
アネモネ「月を眺めながら散歩するには危険な匂いがするな」
ジル「マスター、僕はいつでも殺す準備は出来ています。どれからミンチにします?」
アネモネ「それは心強いな。だが、まずは美人の顔を見てからな。ラーネイレを知ってるであろう?彼女は今、難しい立場にいるエレアの民の生き残りだ」
ドラクル「風を聴く者が最後の拠り所にしたパルミア国に一縷の望みを託し。安住を見出そうとしたエレアたちの一部がルミエストの湖畔に移住してそこに集落を築いているという話があるようですね」
アネモネ「その集団を率いている存在がいるらしいが。まあ、どんな人物であれ、そこには権力がある。ラーネイレが生きていたことを面白く思わない者がいるだろうな。あるいは彼女を、森を焼いた各国の……飛ぶぞ。思っていたより派手な暗殺者のようだ」
夜のパルミア市外に剣戟の音が鳴り響いているーーーー…
突如として現れ、大剣を振り下ろす銀髪の女。長剣で応戦するラーネイレだが、何度も刃を交える内にその細腕は疲れ。足は震えてきた。次第に押されていくエレアの少女の姿を暗殺者は冷たく見つめる。
ラーネイレ「…ッッ…はぁっ…はぁっ…!っ…先ほど、私怨と言ったわね…。私の思い違いでなければ、私とあなたはこれが初対面だった筈だけれど…」
???「フッ…理由も分からず命を奪われるのは流石に不服か?その認識で正しいよ。お前と私が実際に言葉を交わすのは初めての事だし、正面から顔を突き合わせた記憶など、こちらにも無い」
ラーネイレ「だったら、どうして…」
???「…お前には分からんだろうな。ただエレアというだけで…。”あの娘”に似ているというだけで彼の方の心に取り入り、悪戯にその御心をかき乱したお前には…!」
ラーネイレ「一体、何をーーー…っ!?」
困惑によって出てしまった隙を突かれ、ラーネイレは武器でもあり盾でもあった剣を落としてしまった。
???「さて、とうとう得物を失ってしまったようだが、次はどうする?まだ私相手に足掻いてみるか…」
アネモネ「我のお相手をしてもらえないか。刃のように美しいお嬢さん」
羽ばたくようにマントを翻し。吸血鬼はラーネイレと暗殺者の間、先ほどまで彼女たちが交戦していた空間から唐突に現れた。
ラーネイレ「----冒険者さん…?だめ…っ早くここから離れて…!」
???「…?…お前は…。どこから…? …何であれ。姿を見られたからには生きて帰す訳にはいかない。この場に居合わせた不運を呪って、死ぬが良い」
手を振り上げる銀眼の女の合図とともに、物陰から武装した黒装束の集団が飛び出してきた。
アネモネ「両手に美女であったのに、無粋な輩だ」
ドラクル「そうでございますな。お嬢様」
ジル「マスターの邪魔をする奴らはぜんぶ吹っ飛ばしてやるのですです!」
エリザ「ジル、なるべく魔法の矢を使ってちょうだいね。駆けつけたガードがミンチになってしまいますわ」
狼のように素早く、獲物を狩る牙である刃を振るう暗殺者たち。だが、それより速く。風の女神の加護を受けた老紳士が足や腕など動きを鈍らせる箇所へクロスボウの矢を放つ。深々と刺さった矢はそう簡単に抜けず、石畳を彩る暗殺者のたちの鮮血。そこに、怯んだ隙を突くように別方向から異形の弓の宿る魔力によって毒をエンチャントした矢を射る少女の攻撃。更に、容赦ない炎のように赤い少年の魔法によって作られた複数の矢が黒ずくめの男たちに襲いかかる。その様子を吸血鬼は高らかに笑いながら、銃声を夜のしじまに響かせた。
???「面白い…。今、此処で私と斬り合ってみるか?」
アネモネ「そなたような美人のお誘いなら、いつでも受けたいところだが…騒ぎすぎたようだな」
ロミアス「どうやら間に合ったようだな。全く…広い王都の中を捜し回るのは骨が折れたぞ」
ラーネイレ「ロミアス…!それにーーーー…」
ヴェセル「悪いが周囲の物騒な連中には眠ってもらった。この場で引き際を見誤ればどうなるか…知らぬあなたでもないだろう」
???「…ヴェセル・ランフォード」
レファナ「黙るがいい。知らぬ事とはいえ、多大な恩を受けたサイモア様を裏切り、ザナンを捨てた貴様に、掛ける言葉など持ち合わせてはいない」
ヴェセル「………」
レファナ「ふむ…しかし、確かに…。常闇の眼を持つ冒険者と、アルティハイトの白き鷹…。同時に相手取るのはいささか以上に分が悪いか。いいだろう。この場は大人しく引いてやる。どの道、今夜のことなど単なる余興に過ぎなかったのだしな…」
暗殺ギルド員「…よろしいのですか、レファナ様。ロスリアからの所望はあの女の首では…」
レファナ「討ち損じたとはいえ、異形の森の魔女を襲撃した事実に間違いはないのだ。ヴァリウス卿への義理は果たした。元より我らの主はサイモア様一人…。あの方が消息を絶った今、我々がロスリアに尾を振る云われはない」
レファナ「…ヴェンデールの風を聴く者よ。お前は誤解をしているよ。我が私怨は何もお前一人に向けられたものではない…。私が憎むのはこの世界の在り方そのもの。世界の生命線である希望の森を失ってなお、何一つ変わらない人の性こそ私は疎ましい」
そう語る彼女の声は淡々としたものだったが、昏い炎が燃えているような怒りを含んでいた。
レファナ「嫉妬に駆られ、口汚い言葉を浴びせてしまったことを詫びておこう。代わりと言ってはなんだが、一つ面白いことを教えてやる」
ラーネイレ「…面白いことですって?」
レファナ「三日後だ。三日後、このパルミアで大きな祭りが起きる。規模に関しては比べるべくもないが、こと局地的な被害においては、かの《メシェーラ》をも凌駕する血の宴だ」
ロミアス「これはまた大きく出たものだ。今この場尻尾を巻くお前の大言に、まさか説得力があるとでも?」
レファナ「信じる信じないはお前たちの勝手だよ。世界に出来得る限りの深手を残そうとしたサイモア様の御心に、私は倣う。止められるものなら止めてみるがいい。私も全力を以ってそれに応じよう」
ーーー白銀のレファナ…
衛兵たちの鳴らす鐘の音を遠い喧騒の向こうに聞きながら…誰かがそっと、その名をなぞるように呟いた。
アネモネ「最初に見たとおり楽しい女のようだ。しかし、話す暇がほぼ無かったな」
エリザ「笑いごとじゃないですわよ…。改めて顔を見て思いましたわ。白銀のレファナはフレイさんに似ている…こんなことになっているなんて、どう話したらいいのかしら」
アネモネ「我は約束どおり知ったことを話す。それでどうするかは彼女が考えることだ」
エリザ「辛い思いをされると思いますわ…」
アネモネ「我は信じる。8年も行方不明の姉を諦めなかった彼女の心をな。…いや、見たいと言うべきか」
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