クレイモア吸血鬼の旅行記49


アネモネ「この街の無秩序な空気は3年前と変わらないであるな~」
エリザ「わざわざダルフィに来るなんて、なにか依頼でも受けましたの?」
アネモネ「うん?久しぶりのノースティリスであるからな。祝いに花火でも上げようかと思ってな」
エリザ「や・め・て、くださる!」
マークス「おや、誰かと思えば…。風の噂は聞いていましたよ、踊れ月光アネモネ。あなたがノースティリスに戻ってきていると」
アネモネ「ほう。麗しい我が帰ってきて、ノースティリス中の女が喜び謳い、噂しているとな!ふはははははは!」
エリザ「そんなこと言ってませんわよ…」
マークス「相変わらず愉快な方ですね」


マークス「…そう。今の私が興味を向けているものは”下着” それも、ある程度名が知れ、手にしただけで持ち主の姿を連想できる代物であれば、なおのこと良い。私は”稀代の下着泥棒『マークス』”として、ティリスを旅し、女性の下着を蒐集して回っているのですよ」
エリザ「ええー…」(少女は引きつった顔で稀代の泥棒から3歩も離れた)
ドラクル「随分と変わった趣味になられましたね」
ジル「僕ならマスターの……… うぇへへへへへへへへへへ」
アネモネ(ジルは何を言いかけたのだ…?)


エリザ「ますます変態ですわ…」(少女はさらに稀代の泥棒から5歩も離れた)
マークス「そういう反応されるのも最近、楽しいと思えるようになってきましたね。ホホホホホホッ!」
アネモネ(ヴェントを思い出すな…)「なかなか愉快な話であった。覚えておこう。…ドラクル、この前のアレは」
ドラクル「はい。私の懐で温まっていますよ」
アネモネ「それは嬉しくないなー…」
ドラクル「冗談でございますよ。お嬢様」
アネモネ「こやつめ。はははっ」

 


アネモネ「ぬう?ノエルの姿が見えぬな。…せっかく、彼女が好きな赤い花を咲かせようと思ったのにな」
エリザ「だから、やめてほしいと…」
???「…お前、ノエルの知り合いか?」
アネモネ「ぬ?そうだが… 美しいお嬢さん。何か知ってるのか?」


アネモネ「っ…!? いますぐ、ノエルのもとへ案内してくれ」
イサラ「良かった。アンタみたいな奴なら… こっちだ」

 


ドラクル「随分とダルフィから離れた場所に着きましたね」
イサラ「ここはギルドが急ごしらえで用意した隔離場だよ。ノエルの状態が、件のメシェーラによる奇病の一種なんじゃないか、なんて話も出ていてな。気休めにしかならんが療養の意味も兼ねている」
エリザ「眠っていますわね。ぞろぞろ部屋に入っていいのかしら」
イサラ「それは心配無用だ。起きないんだ… ノエルがこうして眠り始めて3週間近くになる。時折、夢にうなされる事以外は何ら異常が見つからないそうでな。医者の方も首をかしげている状態さ。王都の研究機関にでも連れて行けばまた話は違うんだろうが…私らのようなドブネズミが受け入れられる筈もないし、ましてコイツは賞金首だ」
アネモネ「……近くで見ても良いか」
イサラ「ああ、構わない。せっかくだし、アイツに声でもかけてやったらどうだ?お前なら何か反応し返すかもしれんぞ」


アネモネ(あの娘は気付いてないようだが、魔力の気配がするな。呪いの類か…?言霊で干渉し。魔法を解けるか、試してみるか)「ノエル、起きよ」
ノエル「ん…」
苦しげに顔をしかめたノエルの胸の内から、突如として膨大な魔力の奔流が立ち昇る。
アネモネ「しまっ」
ドラクル「お嬢様っ!」
次の瞬間、空間に巨大な大穴が穿たれ、広がる黒い渦が、息つく間もなくあなたの体を飲み込んだーーーー…


儚い声が聞こえる…

強く生きて、ノエル。
これからたくさんのものを見て、いっぱいこの世界を好きになって。
もう私はあなたの行く道に寄り添ってあげられないけれど…。
大丈夫。世界はこんなにも綺麗で、優しい奇跡に満ち溢れているんだから。
私があなたに出会えたように…
あなたがいつか心から幸せだと思えた時、それがこの世界を愛するということなんだから…。

けれど、心から温まるような優しい声だ…


つい先刻まで訪れていた寝室の内観は一瞬で消え失せ、代わりに現れたのは鉄拵えの長い廊下だ。
寺院を思わせる美しい画が象られた壁面と、大理石の床…。周囲には黒く淀んだ霧が立ち込め、目の前に広がる風景全てが陽炎のようにその輪郭を歪ませていた。
其処はひどく虚ろな…。まるで現実味を感じさせない、只ひたすらに停滞した空間だった。


アネモネ「別の場所へ転移したというには、おかしなことばかりであるな」
いつもどおりの口調で話す吸血鬼。だが、その姿は別人かのようになっていた。白銀の髪は闇のような黒に。紫水晶の瞳は血のような赤に。小さな身体は威圧感を醸し出す長身に。幼女から男へ変わっていた。
ドラクル「それでございますね。…旦那様とお呼びした方がよろしいでしょうか」
主が謎の空間へ飲み込まれる瞬間に手を伸ばし、気がついた時にはこの場所にいた老紳士は少し驚いた様子で答える。いつも”お嬢様”と呼んでいる吸血鬼に。
アネモネ「いつもどおり好きに呼べ。貴様の姿は変わりないようだな。やれやれ、今は白銀の髪が気に入っていたのに… まあ、たまには黒髪も良いか」
ドラクル「その色も、とてもお似合いですよ。旦那様」
アネモネ「ふふふっ。我は美しいからな。…だがな。どういう意図であれ、勝手なことをされるというのは不愉快である。招待者に礼をしてやろう」
ドラクル「はい。お招きいただいた挨拶をしましょう」


アネモネ「扉の先にはごく普通の家があるとは、奇妙な光景であるな。それに見たことがないモンスターがおるな。名は〈イド〉か」
ドラクル「宙に浮かぶ本も気になりますね。旦那様が静かに読書できるように、大人しくさせておきますね」
アネモネ「うむ。任せたぞ」


アネモネ「レディの日記を読むなんて、失礼なことだが… わからないことばかりの状況だ。許せ」
そう呟いて、吸血鬼はページをめくった。

『人は二度死ぬ』という言葉がある。

お母さんから教わった言葉だ。一度目の死は肉体の死。二度目の死は全ての人の記憶から「自分」が失われるしまうこと。それはとても悲しいことなのだとお母さんは言う。
今の私にその言葉が正しいかを確かめる術はないのだけれど。…だからこと、私はこの日記をつけようと思う。

母親の死を悲しむのはノエルだけだった。父親は事情を知らないけど、物心つく前からいなかった。
独りになった彼女を養子に迎えたいという人が現れた。住み慣れた家を手離し、新しい姓を得ることに強い抵抗を感じたが、彼女はまだ子供だった。独りで生きていけないとわかっていた。悩んだ末に、その申し出を受け入れることにした。
養父となったのは初老の優しそうな人だった。想像していたよりもずっと大きい屋敷に少し緊張しながら、お辞儀するノエルに養父は笑った。…その笑顔、その視線に、何故か居心地の悪さを感じた。


いつの間にか内観が変化していた。素朴な暖かさを感じる部屋から、まるで閉じ込めるような冷たい印象を受ける部屋だ。テーブルの上には果実いっぱいの洋菓子が置かれていた。
アネモネ「タルトにここまで使うのか?クラムベリーの匂いが充満しておる。不快だ」
そう言い放つと、吸血鬼はファイアボルトで燃やした。
アネモネ「…これ以上読むのは」
何か察した様子で、本を閉じようとした吸血鬼だが。青い髪の少女…ノエルの幻影が目の前に現れ、


助けを求める少女の叫び。耳障りほど響く、ベッドが軋む音。けれど、これは記憶だ。過去だ。過ぎたことだ。ただ見えるだけで、何も出来ないのだ。


アネモネ「許しがたい… まったく許しがたいことだ!これは知るべきことではないのだ!他者が知るべきことではないのだ!守られるべき秘密だ!本当に、本当に許しがたいことだっ!これは我が知る権利がないことだっ!!
ドラクル「旦那様。礼儀を知らぬ者へ仕置きを与えましょう」
アネモネ「…そうであるな。だが、貴様は手出しをするな。我がやる」