神殺しをしますわよー!と。願いの杖を持った少女は微笑む。どちらかといえば真面目な彼女にしては突拍子もない発言だ。しかし、吸血鬼は理由を察していた。
アネモネ「…」
沈黙の後…アネモネは口を開いた。
アネモネ「エリザ。そなたの気持ちは嬉しいが…強化ポーションはもう無いぞ」
エリザ「…え?」
アネモネ「錬金術は等価交換だ。無からは何も作り出せん。材料は薬となり、薬は我らの力となり、勝利を得た。つまり最初の工程を再度はじめるのだ」
エリザ「ややこしい言い方しないでくださる…今すぐ戦うのは無理ってことは理解しましたわ」
アネモネ「しかし驚いたぞ。そなたが更なる血を見たくてたまらない戦闘狂であることに」
エリザ「それはあなたのことでしょうがっ!…私はただ、いつものあなたならこう言うべきなんじゃないかと思って」
アネモネ「…ふ、そんなことわかっておる。だがな、これも我の意思なのだ。我は」
エリザ「…っ!ケーキが食べたいですわ!戦闘中にお願いしたでしょう。私、苺とクリームがたっぷり乗ったケーキが食べたいですの!」
アネモネ「な、なにを言って」
エリザ「だから、おうちに帰りましょう」
困惑する吸血鬼の手を握り、少女は帰還の巻物を読む。空間がぐにゃりと歪み。一行はテレポートの渦に飲み込まれていった。
アネモネ「…」
マリー(…空気が重い)
自宅に到着した直後。アネモネは無言でキッチンへ向かい。黙々と材料の量を測っていた。どうやら本当にケーキを作るようだが、その表情に楽しさはなく。眉間にしわが寄っていた。その近くで、マリーは苺を適当な大きさに切っていた。アネモネの様子が気になり、ドアの隙間から覗いていると…紫の瞳と目が合い。こっちに来いと引っぱられ、気がつくと手伝いをさせられていた。
マリー「……。……いたっ!?」
横目でアネモネを見ていたマリーは手元が狂い、指を少し切ってしまった。
アネモネ「ほう。あらゆる武器を使いこなす天才と謡われた元騎士が、包丁が苦手だったとはな。驚きだ」
マリー「包丁は戦いの道具では無いからな…いや、この世界だと武器だったか」
そう言っているうちに血が溢れ、指先から零れ落ちそうになっていた。このままでは食材に落ちてしまうと、マリーは慌てて指を舐めようとし…
アネモネ「阿呆。雑菌が傷口に入るぞ。綺麗な水で洗い流せ」
注意され。マリーは素直に傷を水で洗い流した。…しかし、血が滲み出し。すぐには止まらなそうだ。包帯でも探そうか…?そう考えていると、白い手が手首を掴んだ。驚きに目を丸くしている間に、そのまま吸血鬼の目の前に手を引き寄せられた…ところで、アネモネは細く破いたハンカチをマリーの傷付いた指に当て、くるくると丁寧に巻いていった。
アネモネ「吸う、とでも思ったか?」
マリー「注意した奴がそんなことするわけないだろう。ありがとう」
アネモネ「…我1人でケーキ作りするのは理不尽であるからな。そなたが猫の像を破壊したのが元凶だぞ」
マリー「それは本当にすまなかったと…」
アネモネ「というのは建前であろうな。エリザは何でも良かったのだ。我の強情さを止める理由となるなら。我の考えは変わることは無いというのに…」
マリー「教えてくれないか。私もお前らしくない行動だと思ったんだ」
アネモネ「……はぁ。いいだろう、教えてやる…お前にも関係することだからな」
マリー「私にも?」
アネモネ「前に話したであろう。元の世界に戻る方法を見つけた、と。もう装置は完成しているのだ。お前はいつでも帰還できる」
マリー「本当に…!?………ああ、そうか。そういうことか」
アネモネはエリザになんと言ったか…再び神と戦うには時間がかかる、と。そして、マリーは己の性分を分かっていた。まだ挑戦していくアネモネたちに背を向けて、帰るなんて…そんなことは出来ない。
アネモネ「お前の家族をいつまでも待たせるわけにはいかぬ。我の考えを理解できたのなら」
マリー「だが、納得はできない。お前も同じなんじゃないか?」
癒しの女神との戦いを終え、すべて終わったと言う吸血鬼の表情には達成感の喜びは無く。ひどく寂しげなものだった。
アネモネ「…後悔するぞ。人の生は短く、心は変化する」
マリー「私は選んだのさ。アネモネの友であることを。お前が本当にやりたいことに、最後まで付き合ってやるよ」
真っ直ぐとこちらを見る青い目は、雲一つもない晴天のようで。その言葉は心のままに紡いだものなのだろう。そうしなければならないと、強く決意していたというのに。吸血鬼は揺らいでしまいそうで…いや、考えはもう変わっていたのだ。エリザに”終わってない”と言われた時点で。
アネモネ「………馬鹿だな。そして、お前はこうだと決めたら頑固だ。…分かった、考え直そう。我らは神々との戦いを最後までやり遂げるぞ」
マリー「良かった…!全力を尽くすよ」
アネモネ「やる気に溢れているな。しかし…その前に女王様のためにケーキを完成させるぞ」
マリー「あ…そういえば、そうだったな」
マリーはオリハルコン・ポーンの遺伝子を受けついだ! マリーはレベル100になった!
マリー「うう…相変わらず妙な感覚だな。この遺伝子合成は」
アネモネ「低LVのままでは、耐久に不安なところあったからな。これで生存率は上がっただろう。まあ、生命力10である以上ミンチになる時はミンチになるが」
マリー「でも、前と比べて身体が速く動く…今の私なら、ジャンプで天井まで飛べる気がするよ」
アネモネ「やめろ。破壊して、ちょうど誰かが座っている椅子に頭突きする事故が起こるかもしれん」
マリー「それは気まずいな」
アネモネ「そういう問題ではない…。やれやれ、この阿呆面に任せるのが不安になってきたぞ」
そう呟いて、アネモネは懐から白い小さな物が付いたペンダントを取り出す。よく見ると、それは大きな音を鳴らすホイッスルだ。アネモネはそれをマリーに差し出した。
マリー「それ、お前が寝てる人を起こす時に使っているアイテムだよな?…なぜ私に?」
アネモネ「ふふ、これは敵の注意を引くことも出来るのだ。ヘイト役、頼んだぞ」
マリー「なるほど…。だが、このアイテムは店でよく売っている奴だよな。どうして今まで仲間に持たせてなかったんだ?」
アネモネ「深い理由は無い。…まあ、意地という奴だ」
マリー「そうか。大事に使わせてもらうよ。お前の信頼の証として」
アネモネ「フン…恥ずかしい奴め」
アネモネ「下僕共のスキルと装備も少し見直すぞ。…ふむ、ドラクルの特殊枠に加速を覚えさせるか。ルルウィの憑依があると、習得させてなかったからな」
ドラクル「ありがとうございます、お嬢様。私もより速くなって、壁抜けしてみせますね」
アネモネ「何を競っているのだ…」
アネモネ「この合成した首狩りエンチャント付き細工籠手は…ドラクルに渡すか。エリザは《火炎竜ヴェスタの籠手》、マリーはルルウィの憑依付きで埋まっているからな」
ドラクル「このような素晴らしいアーティファクトを…感無量でございますな」
エリザ「属性の追加ダメージエンチャントも、とんでもないですわね…。3日経つたびに2、3時間も鍛冶屋に張りつく、あなたの執念を感じますわ」
アネモネ「ふふふ、はははははははははっ!そうだ、我の勝利であるぞ!ははははははははははははっ!!」
アネモネ「次はドラクルの装備から槍を外し。攻撃をクロスボウのみにしたぞ。槍スキルはあまり伸びてなかったからな」
エリザ「あら?ジュア様から頂いたオリジナルの《ホーリーランス》は…わぷ」
少女が言い切る前に吸血鬼はその可憐な唇を…人差し指で塞いだ。突然のことにきょとんとするエリザにアネモネは小さな声で囁いた。
アネモネ「あやつはドラクル(悪魔公)だ。聖なる槍を持たせるなど…対消滅するかもしれん。やめた方がいい」
エリザ「っ…!う…ふふふ。あははははははははははっ!!ちょ、ちょっと…はぁはぁ……そんな真剣な声で、笑わせないでちょうだいっ!…ふふふ」
マリー「急にどうしたんだ?」
ジル「僕も気になるのですです~」
アネモネ「実はな」
ドラクル「お嬢様。聞こえていますよ。私、デビルイヤーですので」
アネモネ「……はは、そなたも冗談が上手いな~。…すまん」
アネモネ「ああ、そうだ。マリーにはこれをやろう」
吸血鬼から手渡されたのは、白銀に輝く加速エンチャント付きパンティーであった。
マリー「…おい」
アネモネ「ぬ、間違えたな」
マリー「絶対ふざけただろ…」
マリー「これは…追加打撃に魔法威力のエンチャント!すごく良い指輪じゃないか。これを私に?」
アネモネ「うむ。この銘を見た時にお前の顔が思い浮かんでな」
マリー「…」
アネモネ「自ら勇者と名乗るマヌケ。ぴったりであろう」
マリー「お前なぁ…」
エリザ「…。ところで私とジルの装備をまったく変えてないようですけど」
アネモネ「そなたたちはまた今度にな。なかなか求めるエンチャントが来なくてな」
エリザ「そう。あまり無理をしないでくださいね」
アネモネ「ふふっ。倒れた時はエリザの口づけで起こしてくれ」
エリザ「あ、あなた…!すぐ、そういうことを~~…!」
アネモネ「ははは。さて、準備が出来てきたな。後は強化ポーションの数が揃えば…」
~半月ほど後~
アネモネ「神殺しだ」
吸血鬼は願いの杖を掲げ。神の名を叫んだ…!すると、空中から大小サイズの様々な機械パーツが現れた。それらはひとりでに動き出し、ガシャンガシャンと高速に組み立てられていき…眉目秀麗な男の姿となった。銀の真っ直ぐな髪。不揃いの鉄鋼と黒硝子の色彩の義眼。長く大きなマントと上衣に身を包み。その背には翼ではなく、鎌のような刃を持った大きな円形の機械が旋回している。機械のマニ。その名に恥じない、機械で作られた神だ。
マニ「情報は伝わっている。私に挑戦するのだろう」
淡々とした感情無い声音で言い。機械の神はオリジナルの《ウィンチェスター・プレミアム》を構えた。
アネモネ「ほう。我とお茶でも楽しむ気は?」
マニ「…」
アネモネ「ふ…噂通りの神だ。ならば…これを紅茶代わりに飲むがよいっ!」
失耐性のポーション+64を投げた。それは地面に落ちて砕けた。
アネモネ「…はは、流石だな。我の投擲を避けるとは」
エリザ「あなたがノーコンなだけでしょうが」
アネモネ「ははは。強化ポーションはまだあるぞ。我は用意周到だからな!はははははははっ!」
ちょっとだけ涙目になりながら、吸血鬼は四次元ポケットから別の失耐性のポーション+64を取り出し。《機械のマニ》へ投げた。今度は命中し…戦いは始まった!
マリー(作戦通りに…)
片手に大斧を構え。マリーはもう片方の手でホイッスルを口元に近づける。思いきり吹き…ピーーーーーッ!大きな音が大聖堂内に響いた。機械の神は不愉快そうにマリーを睨む。
アネモネ「うむ、良いピーである。凄くピーであるぞ」
マリー「…その言い方やめてくれないか」
アネモネ「ピーはピーであろう。他にどういうピーであると?」
エリザ「あなた…後でひねりますわね」
アネモネ「何を…頬の事だよな?」
エリザ「それ以外の所をやってほしいと?」
アネモネ「……有り、であるな」
エリザ「もー!!戦闘に集中してちょうだいー!!」
そんないつもどおり騒々しい会話を繰り広げる吸血鬼たち。…その間の数秒に何か起こったのか気付かないまま。
————時が止まる。
時止め弾を撃ちこんだドラクルは、連射弾に切り替え。更に矢を撃ちこんでいく。*tick*tick*tick*tick* 時は再び動き出した。その瞬間、《機械のマニ》は凍え、冥界の冷気に傷つき、吐き気を催す…!
マニ「———…っ!!?」
ドラクル「気付いた時の顔って面白いですよね」
ジル(はわ~…よくわからない状況ですけど。僕も言ってみたいセリフですです)
ジル(なんてことを考えていたら…)「くっそいってえですねえ」
アネモネ(この位置では癒しの雨が届かぬな)
まるで回復役から遠ざけるように、ジルを入り口まで追いつめていく《機械のマニ》。彼は理解していた。確実にダメージを与えていく存在は魔法使いであるジルだと。背後から聞こえる耳障りなホイッスルの音を無視し。このまま少年をミンチにするつもりだ。
アネモネ「…そうはさせぬよ」
呟き。吸血鬼はアイテムを使用した!
紐によって、皆はアネモネの元へ集合する。そのタイミングをわかっていたのか。偶然か。集まった直後に、マリーは治癒の雨を詠唱し。全員のHPは最大まで回復した。
ジル「マスター~、ありがとうですです!」
アネモネ「そなたの愛らしい姿が見えぬと不安になってしまうからな」
ジル「はわわ……くひっ」
アネモネ「はははっ!さあ、後少しだ。しかし、最後まで気を抜くなよ!」
エリザ「当然ですわよ!」
マニ(…本体よりスペックが落ちているとはいえ、生命力10の定命の者たちが私の攻撃に耐えるとは面白いものだ)
冷静に。けれど、愉快だと《機械のマニ》は戦っていた。あまりにも無表情で、誰にも気づかれなかったが。
何かは死んだ。
アネモネ「やれやれ…最後は壁破壊で、視界外に消えおって。なにやら、ふわっとしたログになったではないか」
ジル「ドラクル先輩の首狩りがトドメみたいですね。流石ですです~」
ドラクル「最後まで戦った皆さんの力と、お嬢様が新調してくれた装備のおかげですよ。本当に素晴らしい細工籠手でございます」
アネモネ「上手く扱うのも実力であるぞ。よくやったな、ドラクルよ」
ドラクル「ふふっ………ところで、なでなでしてくださらないのですか?」
アネモネ「…ぬ?」
吸血鬼は呆気を取られたように老紳士を見る。しばし沈黙が流れ…また少し沈黙が流れる。本気…なのか?そう思えてきたタイミングで、ドラクルは言った。
ドラクル「冗談ですよ」
アネモネ「そ、そうか…」
アネモネ「ふふふ、ふはーははははははははっ!!これがオリジナルの《ウィンチェスター・プレミアム》!我の手に馴染む、よく馴染むぞ!素晴らしいであるな!!はははははははははははははははっ!!」
エリザ「本当にとんでもない性能ですわね…。私は弓使いですけど、試しに持ちたくなりますわ」
アネモネ「ふ、焦らずとも。エリザにも、同じくらい良い弓をプレゼントしてやるぞ」
エリザ「ということは…風の」
アネモネ「そうだ!次は尻のルルウィである!」
エリザ「…あ、そうでしたわ。戦いは終わったから、ひねってあげますわね…!!」
アネモネ「ひえエリザ待てまだ強化ポーションの効果が残ってぬわあああああああああああっ!!」
明けましておめでとうございます。マニさまを餅つきしました、めでたいですね。今年もよろしくお願いします。
今後の神戦について、考えた結果。神撃破称号をコンプしたいと思ったので、必要な強化ポーションを集めつつ、キャラ育成もする。ということにしました。時間はかかるけど、この苦行が癖になるんだ…。後、オリジナル《ウィンチェスター・プレミアム》を使ってみたい欲もある。次の戦いで活かせるといいな。
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