消えるな

「シェゾ=ウィグィィ…」
 嫌なほど聞きなれた声が聞こえてくる。
「シェゾ=ウィグィィ…」
 すごく目を開けたくないが、シェゾはゆっくりと目蓋を開く。
 やはり目の前には長い銀の髪に赤い目の男。ルーンロードがいた。
 先代の闇の魔導師であり、その昔にシェゾが引導を渡したはずの亡霊なのだが・・。
 なぜか未だに成仏せず、シェゾの守護霊です♪と、言ってストーカーしている奴だ。
「てめぇ、いいかげんに…」
「おはようございます…ちゅ」
「………!」
 シェゾは凍りついた。
 頭の中が真っ白になった。
 あまりの出来事に叫んだ。

「ぎゃああああああっ!?」
 シェゾは飛び起きた。
「はぁはぁ……」
 心臓がばくばくとうるさいほど鳴っている。
 ひやりと肌が冷や汗に濡れている。
「……」
 さっきのは……夢…?
 周りを見渡しても奴の姿はない。
 風に揺れる緑の草原と青い空に、遠くに見える霧がかかる山脈。
 どこからか聞こえるぷよぷよ、という魔物の鳴き音。
 シェゾ以外に誰もいないようだ。
「なんだ、夢か…恐ろしい悪夢だった…」
 服の袖で額の汗を拭う。
 男と男が唇を合わせるなんて、悪夢以外なにものではない。
 けれど、夢は深層心理の現れという。心の底で自身が望んでいる想いが形になったもの。
 あいつにキスされたいと思った?
 冗談じゃない。あんな奴…大嫌いだ。
 嘘つきで、何を考えているかわからない。信用できない。
 私は常にあなたの側にいますなんて…不安定な、いつ消えるかわからない亡霊くせに、奴は嘘つきだ。
 かつては悪の大輪を咲かした魔導師であっただろうが…だが今は現世に留まるために大半の魔導力を消費している儚い存在だ。
 いつかは突然消える。嫌いだ…あんな奴。消えたら大笑いしてやる。そうだ、別に消えたって悲しくなんて……
「……」
 なに考えているだ俺。わかりきっていることを今さら…
 なんだか虚しくなってきた。
「気晴らしにその辺の奴をボコるか」
 闇の剣を片手にシェゾは、魔物がいそうな場所を目指した。

 西の空へ落ちていく陽の光。藍色へ染まっていく空を見上げながら、ルーンロードは柔らかな草花のベットから身を起こす。
「ん……」
 髪からぱらぱらと落ちる枯れた草と花びら。見渡すと昼は満開の花畑だったのが、枯れ畑となっている。
 原因はルーンロードだ。霊体であるルーンロードは、現世に留まるために常に魔導力を消費しつづけている。元とはいえ闇の魔導師であった彼は、無意識に人や植物からエネルギーを吸収しているのだ。
「……」
 脆いものだ。やはりもっとエネルギーに満ちたものではないと駄目か。
 どうりで寝心地が悪かったはずだ。
 他に枕に良さそうなものは……
「…?」
 何か気付くルーンロード。
 「シェゾ=ウィグィィ…?」
 まだオレンジ色の夕暮れの光が残る薄闇。その中で揺らめく白。そして赤。
 シェゾはうつむいたまま近づいてくる。地面に血の痕跡を残しながら、こちらに向かってくる。
 いつもだったら、うっとしいほど名前を呼んでシェゾを抱きしめてくるルーンロードだが、只事ではない雰囲気のシェゾに無言で見つめた。
「…っ」
「なに?」
 シェゾは何か言った小さくてよく聞こえない。
「…」
 傷は出血はひどいが、傷は深くはない。ヒーリングをかければすぐ治るだろう。この程度自分で治しなさいと言いたいところだが、様子がおかしいシェゾに言って意味が無さそうだ。
「ヒーリ…」
「やめろ!」
「?」
 拒絶する声にルーンロードは意味を読み取ろうと、シェゾの顔を見つめる。
 血に汚れた顔。綺麗な顔。蒼い目は不安に揺れていた。
「何を怖がっているのですか…?」
 銀色の髪をそっと撫でる。少しウェーブがかかった柔かな髪。
 唇が微かに揺れたのを見た。そして唇を塞がれた。
 血の味がする。むかしむかし闇の魔導師として血を浴びていた時に、よく味わった懐かしい味だ。
 生前に最後に味わったのは自分の血だったか、勇者だったか…
 唇が離れる。けれどシェゾはルーンロードから離れなかった。
 今、彼が何を考えているのかわからない。まあ他人なんてそんなものだ。私も彼も…けれど、
「シェゾ=ウィグィィ…血まみれですよ。帰ったらお風呂入りましょう…ご飯はカレーにしましょうか……」
 言葉ならいくらでも言ってやれる。
 シェゾは小さくそれに頷いた。それにルーンロードは優しく頭を撫でた。

 

2013/02/21