そこには闇が住むという。
「闇?」
闇なんてどこにもあるものだろう。
暗い夜。
人の心の奥に、
ひっそりといつも、
「闇が…住んでいる?」
わけがわからない、と彼はもう一度呟く。
魔導の淡い光に輝く銀色の髪。
ルビーのような赤い目。
額には三日月型のサークレットを身につけ、黒い外套を纏った青年。
彼の名はルーンロード。けれど、本当の名でない。
「ただのお伽話か…化け物か。一応確認しますか」
闇が住むという物語が描かれている壁画に、そっと片手を置く。
「散れ」
彼の一言で、壁画は脆く崩れていった。
もう必要がないものだ。
黒の森と呼ばれる、深い森。
その名のとおり、
太い木枝で空は遮られ、一切の光が差さない真っ暗な森だ。
ルーンロードはライトで道を照らしながら、進む。
ひどく静かな森だ。
自分の草木を踏む足音しか、聞こえない。
ふと立ち止まっても、疲れた自分の吐息が聞こえるだけ。
森だというのに、まったく動物や虫の声が聞こえなかった。
闇と呼ばれる何かに怯えてか、それとも何かに食い殺されたのか…
どっちにしろ、奥に進まなければ真実はわからない。
普通の人間なら、どこまでも闇が広がる森の入口を見て逃げるだろう。
こんな場所に向かうなんて自殺志願者だ。
「死ぬか…」
そんな願望など、抱いたことはない。
けれど、明日に希望を抱いているわけではない。
どうせ、自分一人が死のうが世界は勝手に存在しつづける。
そう、気がついたら踏んでいた虫のように誰も気にしない。
少し気持ち悪いと思うくらいだろう。
複雑な生き物だ。
知り合いが死ねば悲しみ、他人ならどうでもいい。
他の生き物の方が簡単に生きている。
生きるために食べて、身体を休めるために眠る。
本能的に絶滅しないために、時期が来たら交尾する。
彼らを見ていると、ひとつひとつの行動や出来事に意味を考えることがバカらしくなる。
それでも……
「っ!?」
後ろから伸びてきた手に首を絞められる。
振りほどこうしたが、強い力で指は皮膚に食い込み。首から離さない。
「うっ…くっ……」
「悪魔!化け物め!」
「災い子め」
「ぐわぁっ!」
横殴りに硬い何かに殴られる。視界が赤く染まる。頭に切ったようだ。
抵抗する暇なく、襲いかかる一方的な暴力。血の赤と深い闇。ライトの光は突然の攻撃に消えてしまっていた。
無抵抗に理不尽な暴力を受けながら、ルーンロードは既視感を感じていた。
この言葉…この痛み……昔どこかで…
「……バカバカしい…!!」
ルーンロードは袖の下の仕込んでいるナイフを取り出し、後ろに立つ人物をためらいなく切りつけた。
「ぎゃあぁぁぁっ!」
飛び散る生温かい血。
銀の髪と白い肌を赤く濡らす。
「つまらない茶番ですねぇ・・・」
彼はそう呟いて、悲鳴をあげるニンゲンの胸にナイフを突き刺した。
「楽しいですか?人形遊びは」
ヒトの姿が消える。
赤い血の色も最初からなかったように消えた。
最初から存在してなかったのだ。誰かが作った悪趣味な幻影。それでも生々しい首を絞められた感触が残っていて、気分が悪かった。
「くくくくっ…」
どこからか聞こえる、不気味な哄笑。
低い男の声だ。
「あなたが<闇>ですか?」
「そう呼ぶのか?我を、俺を、闇か悪魔か……はははっ」
意味不明なことを話す何か。
話が通じる相手ではなそうだ。
「欲しいのか。力を、欲望を、だから来たのだろう」
「そのとおりですが・・あなたは私の願いを叶えられるのですか?」
「望みなど最初からないだろう。心の底では叶わないと思っているくせに、なぜ欲しがるふりをするのだ」
「………」
言われなくても、知っている。
最初から何も信じてない。
夢が叶うなど、信じたふりして、
満足しているつもりで、虚しいと気付いてる。
「いい加減、姿を現してはどうですか?失礼ですよ」
「ほぅ、俺の姿を見たいのか。変わった奴だ」
くくくっと低い笑い声と共にそれは闇から現れた。
黒いマントを纏い、頭から頭巾を被った。黒ずくめの男。
「我は闇の魔導師ラルバ…知らぬか?」
「ラルバ…?知らないですね」
「そうか、そうか。所詮、世界の歴史などそんなものか」
何がおかしいのか笑い続けるラルバ。
ルーンロードは聞いた。
「あなたは何ですか?」
「なぜ聞く?最初に貴様が言っただろう。闇と」
「なら、あなたはなぜここにいるのですか?」
「いるからいる」
のらりくらりと答えるラルバ。
少し苛立った。
ルーンロードは手に握っているナイフをラルバに向かって投げつけた。
「若いなぁ、くくくっ」
避けなかった。
それでも、喉にナイフが刺さっているのに話を続けるラルバ。
「才能があるな・・お前には美しい闇色の華となる資格がある」
「断わります」
気味が悪い。
ルーンロードは逃げようと、小さく呪文を唱えるが…
「?」
テレポートの呪文が使えない。
おかしい。
この森には魔導力を封じるものなど、なかったはずだ。
目の前に立つ男も、アンチスペルの呪文を唱えている様子などなかった。
「ああっ、楽しみでたまらない」
いつのまにか頬に触れる黒い手。
まったく温度を感じない。まるで死人のような手だ。
「その身が闇に染まり、理性が壊れ、歪んでいくのが…」
耳障りな声。
「狂い、乱れゆく姿が…」
「触るな!」
ルーンロードはその男を殴り倒す。
「あははははははははっ」
狂ったように笑う。
頭巾が外れ、あらわになる顔。
「っ!?」
その顔に吐き気がした。
顔がない。
目がある場所はくぼんだ皮膚があるだけで、鼻がある場所は真っ平ら。
口があるべき場所ものっぺらで、
まるで面のように顔がない。
今まで一体どこから話していたんだ?
あまりの不気味な素顔に、ルーンロードは青ざめた。
「我が、俺が恐ろしいか?嫌悪するか?くくくっ、今どんな顔をしているか教えてやろうか」
「…」
「人間なのだよ・・今のお前は、感情ある人。だからこそ、狂気に染まった時が楽しみでたまらない」
黒い闇の手が、目の前に伸びてくる。
「我には見える。美しい闇の華となった、狂ったお前の姿が」
くくくくっはははははははっ。
笑い声が響く。
呪い言葉と共に、狂った闇の声が彼を闇に捕える。
「シェゾ=ウィグィィ…」
「ん?」
「シェゾ=ウィグィィ……」
「しつこい。ちゃんと聞こえている!」
銀の髪の青年はうっとしそうに、横にいる同じ銀色の髪の男を睨みつける。
「で、なんの用事だ」
「んふふふふふっ…無いです」
「意味なく呼ぶなぁぁぁっ!」
怒鳴りつけるシェゾ。
だが、ルーンロードはまったく反省なく、
「シェゾ=ウィグィィ…」
またその名を呼ぶ。
私にはわかりますよ…
いずれ咲く花の色が美しい闇の黒であることがということが…
私の大事な……
神々を汚す、華やかなる者よ。
2012/02/21
ラルバは何代か前の闇の魔導師だと思っています。
長い月日の間に人として人格を失っているので、このラルバさんは、かつてのラルバとはまた違ったりします。