その日、酒に付き合ってもらっただけだった。
なのに……
「好きなんだ!」
酔っ払いに絡まれることになった。
夜空に浮かぶ月は流れる雲に見え隠れし、今宵は頼りない月光。
人里から離れた崖の上に吸血鬼が住む不気味な城があった。その庭の東屋で二人の男は雑談を交えながら酒を飲み交わしていたが…
「あなたほど美しい人と心から言える人は他にいないのだよ……!」
芝居がかかった口調で愛の告白をする、40歳前後の偉丈夫。先ほどから好き好きと、連呼している情けない男だ。名前は吸血伯爵。魔界の元・実力者だ。
少し前に、闇の貴公子サタンをぎゃふんと言わせようとして、溺愛している珍獣…いえ、ルベルクラクという幻の宝石を額に持つカーバンクルを誘拐し。その力を手に入れようとした。
そして、さらなる力を得るために現界で多くの純潔の少女を誘拐して、その血を啜り、サタンの首を狙っていたが…
ルルーというとんでもなく気が強い娘をさらったのが運の尽きか、そうなる運命だったのか…
その娘は魔族である執事を吹っ飛ばしただけならず、城に住む凶悪な魔物たちを次々と倒して、格闘だけで伯爵の元で辿りついたのだ。なんて…恐ろしい娘だ。
娘が辿りついたタイミングでカーバンクルを取り返しに来たサタンが現れ、怒るサタンは伯爵から力の大半を奪った。
そして、伯爵はルルーにボロクズのように殴られ蹴られ…負けたのだ。どんな形であれ。魔族が人間に。
それから数年の間、棺桶の中で回復していたようだが、私が知るかつての姿と比べると力は衰えていて……みじめものなのだ。
「私は本気なんだ……ルルー君…」
「………」
なんの冗談だと思ったが…伯爵は今や獲物だった娘に本気で恋してしまっている、ほんと昔とは違う。
ルーンロードは、ルルー、好き、愛している、などブツブツ呟いている哀れな吸血鬼の姿に、後で苛める材料になるなぁ…と眺めていたが、そろそろ見飽きてきたので伯爵の目を覚まさせることにした。
外を確認する。頼りない月光にぼんやり浮かぶ、よく手入れされた庭園が見える。
そして伯爵の襟首を掴むと、投げた。外の池に向かって。
ばしゃーん
派手な音が響く。図体はでかいから、大きな衝撃になったのだろう。池の水にも、投げられた本人にも。
「きっ、きさまぁああああっ!!」
ざばぁあああっと現れた伯爵の姿は、藻や水草が絡みつけ、水滴をしたたり落とす様は、まるで東洋の魔物、海坊主のようだった。
「なんてことするのだ!うっげほげほっ!!」
水の飲みこんでしまったのか派手に咳きこむ伯爵。ずかずかと殴りかかりそうな勢いで近づいてくる。ルーンロードは身体を霊体化させて少し上の空中に逃げた。
普段は実体化しているけど、幽霊であるルーンロードの体は霊体であり肉体がない。都合が悪い時はこんな風に逃げることが多い。
「よっぱらったあなたが、いきなり好きだと迫ってきたので…正当防衛ってやつですよ……」
「はぁ!?誰がお前のような気味が悪いやつに愛を囁かなければならん。おぞましい!」
酔っていた間のことは覚えていないようだ。なら……ルーンロードは懐から魔法文字が刻まれ小石を取り出す。小さく呪文を唱える。
『好きなんだ!』
「!?」
それは伯爵の声だった。
『私は本気なんだ……ルルー君…』
部下には聞かせられないほど、本気で恋してしまっている告白。
「うわああああああっ!?」
「くすくす……」
声が再生されている魔法石を奪おうとしたが、かわされる。
「いやぁ~、すっかり可愛らしくなりましたね~。ぼこぼこにされた女を好きなるなんて、ドMとしか思えません」
「う、うるさいっ!!貴様なんぞ私とルルー君の間に美しい恋情をわかってたまるかっ」
「それは一方的では…?」
「……後継者に負けた負け犬のくせに、いつまでも後継者に付きまとっている貴様に言われたくはないわ」
「ああアレは…まあ、愛情ですよ。愛情」
「全力で拒否されているようだがね」
「それはお互い様でしょう……」
「………」
「………」
虚しい会話だったと、気付いた二人はしばし沈黙する。
「人間と悪魔の間に恋愛が成立と思っているのですか? かつて人間を妃に、愛人として囲っていたサタンをバカにしていたあなたが……」
「あの無節操なバカ魔王と同類と見ないで欲しい。私が一途に愛しているのは、ただ一人、ルルー君だけだ!」
「……どんなに嫌われても?」
「私はルルー君にいくら嫌われようが…はじめて心から好きになった気持ちを忘れる気にならんよ」
意地悪な問いかけにはあまり素直な答えだった。
それにルーンロードは少し困ったように、飽きれたような顔をする。
「つける薬すらないですねぇ……まあ」
面白いかな…自分よりずっと長く生きているはずの吸血鬼が人間との恋を成就させようと頑張るなんて、1000年にあるか、ないかの笑い話だ。
「酒のつづきでも飲みましょうか。あなたのせいで酔いが覚めましたし」
「覚めるもなにもまったく酔っている様子は無かったがね…そもそもその酒等は我が城の物だが……」
「さっきの会話を録音していたのですが…ああ、せっかくだからバンパイアにでも聞かせましょうか~」
「わ、わかった、わかった。出すからやめてくれたまえ!」
(そんなものバンパイアくんに知られてしまったら、何をしでかすか…!)
バンパイアは伯爵のお気に入りの部下で、伯爵を敬愛し崇めている吸血鬼の青年だが、そのあまりの伯爵への思い強さで、少々暴走するところがある。
この前も……まあ、それはまた別の話だ。
「城主はへたれですが、審美眼はたしかですからね…あなたが選ぶ酒が割と好みなんですよねー」
ルーンロードが指を鳴らすと一瞬にして伯爵の服が乾き、こびりつけていた藻も消えていた。
「人の城の酒樽を3つ、酒瓶も10本ほど空けた上にまだ飲む気か…」
伯爵は化け物を見るような目でルーンロードを見たが、先ほど弱味を部下たちにばらされたら困るので、(ばらされる以前に部下たちにはバレバレだが…)酒蔵を開けることを許可した。
「最後まで付き合ってあげますよ。ちょうどヒマつぶしになりますからねぇ……」
その恋の行方を面白くも、自分にはできない素敵な恋だと思うから……
2011/08/01
2011/08/04改稿
昔、色々とあって昔馴染みなおっさん二人
たまに一緒に酒飲んで雑談している仲です