酒と温泉と闇の魔導師たち

 気持ち良そうだ。そう思った。
 目の前にはふわふわと浮かぶ白い湯気。適度に熱い湯。
 温泉だ。
 偶然であった。シェゾは闇の魔導師として己の魔導力と技量を高めるため、森へ遺跡へ街へ歩き。
 気がついたら山奥まで修行していた。よく気がつくと知らない場所にいる。
 彼にとっては日常的ことであった。
 近くに宿は無かったはずだ。
 誰も知らない天然ものか・・・ちょうど疲れてるし。入るか。
 シェゾは肩のシェルターを外し、近くの岩の上に置く。
 服を脱ごうとして泥と返り血に汚れていること気付き。湯で洗ってしまうかと、思う。
 けれど、ほかほかと温かそうな温泉を見て。汚すのはやめるかと思いなおす。
 裸になり。ちゃぷんと、白い、けれど適度に鍛えた引き締まった足を湯にわずかにつける。
 熱い。
 けれど、心地よい熱さだ。
 シェゾはゆっくりと足、腰、胸へと、身体を湯に沈めていった。
 ふぅ…小さく息をもらし、目を閉じる。
「……」
「………」
「…………」
 そのまま眠ってしまうくらい、シェゾは心安らかな気持ち中にいた。
「シェゾ=ウィグィィ…」
 その声を聞くまでは、
「!?」
「うっかり眠ってしまうと、溺れ死んでしまいますよ。シェゾ=ウィグィィ…」
 低い、感情を感じさせない淡々とした口調。
「貴様は…!」
 いつまにか目の前に立っていた男。
 白銀の長い髪。細めた赤い目。端正な顔立ちに浮かぶ、冷たげな微笑み。
 先代の闇の魔導師ルーンロードだ。
 ちなみに半身は湯に浸かっているが、まったく濡れていない。実体がない霊体だからだ。
「なぜここにいる!!」
「なぜ?と聞かれまして、私は常にあなたの側にいますよ…」
「消えろ!」
 すぐそう言い放つシェゾ。
 あんな無防備な姿を見られていたなんて…羞恥と怒りにシェゾは頬を赤く染めていた。
「疲れているでしょう。飲みますか?」
 突然そんなことを言い出すルーンロードを不審げに見つめるシェゾ。
 ルーンロードは「んふふふ♪」と不気味に笑いながら、それを取り出した。
 酒瓶…ラベルからももも酒。そしてそのラベルはももも酒の中でも高級品ものだ。
「…飲む」
 答えは即答であった。

 空を見上げる。
 暗い空に星が輝き、月は雲に隠れることなく静かな地上に淡い光をそそいでいる。
 空気は冷たく澄んでいて、湯と酒に火照った喉に心地良く吸い込まれていく。
「…はい。どうぞ」
「ああ」
 空になった杯に、酒を注ぐルーンロード。
 素直に酒を飲んでいくシェゾ。
「…ん」
 少しゆらゆらする。
 湯に浸かっているせいか、酒のまわりが早い。身体が熱い。
 その横で足だけを湯をつけているルーンロードは涼やかな顔で酒を飲んでいた。
 まったく酔っている様子はない。今は実体化しているが、元は霊体だからだろうか?
 めくったローブの裾から見える病的に白い肌。足。
 珍しい姿だ。
 というより、はじめて見た。酒を飲んでいる姿もだ。
 その初めて見る興奮のせいか、酔いのせいか、シェゾは少し悪戯心を抱いてしまった。
 腕を伸ばして、ルーンロードの腕を掴む。
「……?」
 ルーンロードが不思議そうにシェゾを見た瞬間。シェゾは一気を引き寄せた。
「っ!?」
 無抵抗に湯の中へ沈んでいく、細く白い身体。
 ばしゃーん、派手な音が響く。
「くっはははっ!」
 爆笑するシェゾ。
 これもこれで珍しい姿であった。
 ぽたぽた、と水滴が落ちる音。
 重量がある長い銀髪は水を吸って、よけい重そうだ。
 ルーンロードはうっとしげに髪を触る、ぐっしょりと濡れている。
 それに心底嫌そうに顔をしかめる。
 その姿にシェゾはよけい楽しそうにくくくっと笑っている。
 普通なら怒るところだろう
 だがルーンロードはシェゾのこと見向きもせず、首元の襟を緩める。
 汚れや濡れなど無縁に身体(霊体)だが、実体化すると話が違う。
 濡れたと思ったら濡れる、実体化というものは生きてた頃の感覚を再現するものなのだ。
「……」
 ルーンロードは無言のまま、笑みを消した表情のまま無理矢理入らせられた温泉から出る。そのまま暗い雑木林の中へ消えていってしまった。
 流石に怒ってしまったか……?一瞬そんな後悔が思い浮かんだが、まあ明日にもいつもどおりにふらりと現れて、ぷよまん食べたいですねぇ~と呑気な事を言って人の金を勝手に使う迷惑幽霊に戻っているだろう。
 盃の酒を飲み干す。うまい。月が綺麗だ。旅の疲れは温かい湯に癒され、生き返るということはこういうことだろうと思う。
 そろそろ上がるか、目蓋はとろんと重く眠かった。シェゾは温泉から立ち上がり、服が置いている岩へ行こうとした。
「おや?もう上がるのですかぁ?」
 声が聞こえた。口調は消えたルーンロードっぽいが、その声は…
「ルーンロード…?」
 雑木林から人のシルエットが浮かんでくる。だが、やけに小柄だ。
 目を細めて、物影から現れるものを正体をよく見ようとする。シェゾが知っているルーンロードとはあまりにも違っていた。
 栗色の肩まで伸びた髪。白いけれど健康的な白さの肌。少し幼さが残る顔立ちに小柄でスレンダーな体型…
「アルル…?」
「見た目は…ね?わかっているでしょう?」
 言われなくてもわかるアルルがこんなところにいるわけがない、うさんくさい敬語でしゃべらない。
「なんの冗談だ?」
「冗談ではありませんよ。楽しもうと思いまして…」
 にっこりと微笑むアルルの姿をしたルーンロード。アルルの明るい笑顔とは違う、どこか色気ある微笑みだ。
 見た目が同じだけというのに胸がドキリとした。違う!あれはアルルじゃない!あのおっさん幽霊なんだぞ!!
「待て!」
「はい、なんですかシェゾ」
「なぜ服を脱ぐ?」
「そりゃ…温泉に入るからですよ」
 なに当たり前を聞いているのですかとニコニコと笑いながら、服を脱いでいくアルルに化けたルーンロード。
 シェゾは悟った。これは復讐だ。先ほどの悪戯への報復だ。
 本当にろくでもない、けれどこのロクデナシを怒らせたのはアホは自分だ。
 見ている間に服を脱いでいくルーンロード。あらわになっていく綺麗な素肌。
 どきどき…
 どきどき…!
 いや、まて。待て自分。何を考えている。
 俺も男で、奴も男で、
 ユーレイのおっさんなんだ!!
 必死に自分に向かって説得するシェゾ。
 その様子にルーンロードはクスっと何か悪いことが思いついたように微笑んだ。
 ちゅ…
「!?」
 隙をついて、シェゾの白い鎖骨に唇を落とす。
「うぁ…」
 びくっと身体を震わせるシェゾ。
 浮き出た骨の部分をなぞるように舌を這わせて、軽く吸いつくように口づける。
 その間にシェゾの唇から、吐息のような声がもれる。
 あくまでも遊びなので、鎖骨から首へ、耳をなめるようにキスをするルーンロード。
 それ以上のことをする気などまったくなかった。
 だが、シェゾは若かった。
 じょじょに身体に広がっていく熱。そして酒も手伝ってか。まずい状態へおちていく。
「やめ…はぁ……ん…」
「シェゾ=ウィグィィ…?」
 異変に気づいた時にはもう遅かった。
「……」
 白い肌は赤く染まり、目の焦点が合っていない。完全に湯上がっていた。
 シェゾはルーンロードの肩に頭を預けて、そのまま気を失ってしまった。

 ………
 …………
 シェゾは目を覚ます。
 朝日は眩しく、空は清々しいほど青い。
 だが、
「最悪だ…」
 二日酔いはない。魔導師なら酒に強いのは当たり前だ。
 問題なのは…服を着ている。
 服を着た覚えはない。ということは、考えるだけで羞恥で顔が赤くなる。
「二度と温泉に入るか!!バカヤロぉぉぉっ!!」
 シェゾはむなしくそう叫ぶのであった。

 

2010/01/27
ルーンさんを怒らせたらいけないお話