夢を見る前ノ夢0

楽園ノ島

 水に沈んでいく身体。とても冷たい。失う体温なんてないのに、冷たい。けれど、太陽の光に輝く真っ青な水面は綺麗だと思った。
 吸血鬼は流水で死ぬという話を聞いて試してみたんだ。海に落ちることにためらいなんてなかった。身を焼くような痛みがあった。僕を形作る皮膚が溶け、肉が崩れていった。死ねると… そう思えて、僕は微笑んだ。死の夢を見た。ほんの少しだけの間。
 千々切れた肉塊になろうが、僕は死ななかった。暗い海の中に漂いながら、僕は何度も意識を失っては目覚めた。気が狂いそうだった。とっくの昔に正気を失ったと思っていたけど、自分の行動を呪った。
 それから何年が経ったのだろう… 気がつくと僕は海岸に横たわっていた。周りは血まみれだった。きっと空腹のあまり本能的に”食べてしまった”のだろう。死にたいと思っているくせに。ホント、思い通りにならない…

 それから、小さな村に辿りつき。村人から凄腕の魔女の話を聞いたのは幸運だったのだろうか。
 花のように可憐な顔。豊かに波打つ栗色のロングヘアー。まんまるい春色の瞳。頭の上で揺れる大きなリボンは兎の耳のようだ。彼女が魔女デイジー・ベル。噂で聞いたイメージと、まるで違っていて驚いたものだ。
 暴れ牛を受け止めて投げ飛ばした。凶暴なサメを蹴り飛ばして退治した… など。聞いていた人物像から予想外だった。
「私に依頼? どんなお仕事なのかしら?」
 そう聞いてくる彼女はまた可愛くて… 僕がしようとしていることは酷いことではないかと思った。けど、彼女なら… 甘美な誘惑もあった。
 血に染まった海岸、死んだ動物たち。2つの小さな穴が並んだ傷。吸血鬼が小さな島に現れた… 既に広まっている話だったので、余所者である僕は吸血鬼を追いかけてきた退治屋だ。と、嘘をついた。
「子供が退治屋やっているなんて、冗談やめてくれる」
 半信半疑な顔をしている魔女に、吸血鬼は気付く。そうだ… 僕は彼女が少し視点を下げるぐらいの小さい子供の姿をしていた。僕は更に嘘をつくことにした。
「実は家族を吸血鬼に殺されて… その復讐のために退治屋になりました。奴はここにいる! だから、協力してください!!」
 彼女は了承してくれました。きっと、本当かどうか様子を見るためでしょう。その方が都合がいい
 神に加護された教会内。もっとも眩しい太陽の光を浴びることになる朝日の時間。清らかな乙女が持つ聖なる釘に心臓を潰される… まだ試してない条件だった。
 正体を明かし、恐ろしい吸血鬼だと思わせようと攻撃をしましたが… 彼女の肌を傷つけそうになると寸前で止まってしまって。おかしいと気付いた魔女は言いました。
「自殺の手伝いなんて冗談じゃない!」
 たしかにそうです… ですが、僕が吸血鬼であることは事実です。飢えれば人の血を吸う。退治すべき化け物だ
 彼女は蚊に吸われるみたいなものでしょ!と言いました。今でも、その言い方はないと思います。
 血を吸っても誰も殺してないじゃない!と言われましたが、それは飢えで正気がなかった時に偶然周りに人がいなかっただけで。僕は過去に多くの人を食い殺している。
「過去の罪ぃ?そんなの私には知らないことだし、関係ないわ。それに今はあんたは普通に話せるし、死んでしまいたいほど、人を殺したくないのでしょ?そんなやつを殺すなんて、後味が悪いわよ! だから、あんたの依頼は破棄よ!破棄!」
 そう言い切った彼女は更に言いました。
「でも、島の魔女として吸血鬼を放置するなんて、今まで築いた商売の信用が落ちてしまうわ。だから、監視するから…うちに来てちょうだい。あ、タダで置かないから、お店手伝ってね」
 そう言われて、どういうことなのか理解するのに時間がかかりました。一目惚れって怖いですね… 彼女についていってしまいました。