いたちごっこ

ぷよ魔導

 暗い。
 熱い。
 どくどく、と血管が流脈する音が聞こえる。
「・・・っ・・ぁっ・・」
 冷たい石畳に広がる、ゆるくウィーブがかかった髪。美しい銀色なのだろうが、泥と血に汚れ、本来の輝きを失っていた。
 白い魔導服も同様に汚れ、破れた服の隙間から見える切り傷から血が流れている。
 ぴくりと、長いまつげが揺れて閉じていた白い目蓋が開く。
 深い青色の瞳に暗い地下牢の道が映る。
 気を失っていた。
 一体どのくらいだろう?
 あの、強大な魔導力を秘めた娘の姿は見えない。
 栗色の、肩で切りそろえた髪。大きな琥珀の瞳。青色の魔導スーツを着た小柄な少女。
 のんきな笑みを浮かべながら歩いていて、不意打ちにスリープをかけたら、簡単に捕まえることができた。
 強い力を持っているくせに、なんてまぬけなんだろう。
 こんなぬるい奴、すぐに死んでしまうだろう。
 幸運だな。
 俺と出会えて、
 無駄死して消えるにはもったいだろう?
 さぁ、俺の力の一部となれ・・・・。
 だが、
「くっ・・闇の魔導師たる俺が・・少女相手に負けたか・・」
 闇の魔導師。
 邪悪なる、昏き魂を持つ、世界を脅かす者。
 けして救われない運命を背負う者。
 シェゾ=ウィグィィ。
 その名の意味は神々を汚す華やかる者。

「あなたはこの世に生まれた瞬間から、私と出会い運命だったのです」

 昔そう言って、笑う男がいた。
「なぜ、こんな時にひどく性格が悪くて、ひどくひねくれていて、ひどく根暗な奴を思い出すんだ」
 シェゾは嫌そうに顔を歪めて、別のことを考える。
 とにかく・・この状況から脱しなければならない。
 今まで、腕一本失う程度の怪我くらいはしたが、ここまでひどい状態になったのは初めてだ。
 シェゾは冷静に考える。
 普通の人間なら、この状況に混乱するだろう。夢だと言って、発狂するかもしれない。
 いや・・普通の人間なら死んでいるか。
 胴体と首が切り離されている状況なんて、普通の人間には経験できないことだ。
 経験などしなくもないだろうが、
 今現在、そんなおかしな経験をしているシェゾにとっては、もしこんな時にどうするのか誰でもいいから聞きたいと思っていた。
「動かないか・・胴体も動かない。浮遊呪文を使って、なんとか首を元の位置に戻して胴体をくっつけるか」
 ぶつぶつ、と自分の考えを呟いて、試しに浮遊呪文を唱えるが、
「くっ・・ダメだ。力が足らない。くそっ!」
 シェゾの首を胴体から吹っ飛ばした少女との攻防で、シェゾはほとんどの魔導力を使い果たしていた。
 浮遊呪文を使えるまで、力の回復を待つ・・?
 その前に死ぬのが確実だろう。こうして、まだ自分が生きているのは、残りの力を使っているからだ。すべての魔導力が空っぽになったら、今度こそ死ぬだろう。
「万事休すか・・これも運命、とやらか」
「それはそれは、ずいぶんと情けない運命ですね」
「きさ・・ぐわっ!?」
 突如、頭上から聞こえた声。
 そして、頭に何か重いものが乗ってきた。
「何、つぶれた蛙みたいな声を出しているのですか?下品ですよ」
「・・・俺の頭を踏むな。この悪魔が!」
「おや。気がつきませんでした」
 くす、嫌味たらしい声が上から聞こえると頭にのっていた重みが消える。
「久しいですね。シェゾ=ウィグィィよ」
 持ち上げられて、見たくもない男の顔が見える。
 地につきそうなぐらい長い銀色の髪。細めた赤い目。笑む薄い唇。整った顔。まるで蛇を思わせる不気味な微笑み。
 名はルーンロードだったか。
 大昔、世界を滅ぼそうとして勇者によって倒された当時の闇の魔導師。
 200年もラーナの迷宮に封じられていたが、シェゾを後継者として選び、強引に闇の魔導師としての運命を受け継がせた後、消えたはずのだが・・。
 「何しにきた?」
 どうやってここに現れたのかはどうでもいい。
 何をしに現れたのか問題だ。
「この身体をのっとりにきたのか?」
「こんなぼろ雑巾みたいな身体は嫌ですよ」
「俺から闇の魔導師として運命を取り返すつもりか?」
「水盤から落ちた水が元通りになれないように、一度渡した運命はもう私に戻りません」
「・・何が目的だ」
「あなたを笑いにですよ。んふふふ。小娘に敗北し、無様に死に逝くあなたを・・ね」
 くすくす、笑う声。
 この身体が自由だったら、今すぐにも殴りたい。
「消え失せろ・・!」
「と、言われましたも・・私としても無駄にしたくないのです。200年、私は待っていた。何もない、何も進まない、闇の中・・シェゾ=ウィグィィ、あなたをね」
 その声は震えていた。怒りに、憤りに、
「私の時間を無駄にしないでください」
 視界が揺らぐ、
「うわっ!?・・・うっ!」
 嫌な感触がする。ぐちょりと、音が聞こえた。
「・・・・」
 小さくぶつぶつと何か呪文らしい言葉が聞こえる。
「ぐあぁぁぁぁぁあっ!!」
 身体中に走る、激痛。頭の中が真っ白になった。

「・・・っ」
 閉じられた目蓋を開く。
 やはり暗い闇が広がるばかりだ。
 冷たい石畳に横たわる身体。
 手を見ると、血と泥に汚れている。
 手・・?
 シェゾは起き上がる。
 身体が動く、首が動く。
「治っている・・?」
「・・・やっと起きましたか」
 その声はルーンロードのものであった。けれど、その姿は見えない。
「貴様!どこにいる!?姿を現せ!」
 手も足も出ない時に散々にコケしやがって・・!殴らなければ気が済まん。
「姿を現したいところですが、あなたを助けるために力を結構使ったので・・それは無理です」
「・・・・」
 助けてもらったのは事実だ。
 だが、自分をこの運命に導いた悪魔はこいつだ。
 シェゾは素直に礼を言うことも、憎まれ口を叩くこともできなかった。
「私は常にあなたの中にいる。私が再び姿を現したのは、あなたが弱いから・・。強くなりなさい、シェゾ=ウィグィィよ」
 声は消えた。
「・・・・く。ははは!」
 突然と笑いだすシェゾ。
「俺が弱いだと!この闇の魔導師シェゾ=ウィグィィが、神々を汚す華やかる者の名を持つ、この俺が・・!」
 笑う。
 笑う。
 狂ったように笑う。
 そして、いつもどおりの無表情な顔に戻ったシェゾは呟く。
「・・あの女。アルル=ナジャといったか。この俺にこのような屈辱を味あわせたこと、後悔させてやる!」

 

2009/1/19
アルルとシェゾの追いかけっこのはじまり
シェゾを助けたのは先代だという妄想