月蝕

ぷよ魔導

「シェゾ。見てごらんなさい。今夜は月食ですよ」
 女のように長い髪の男は子供のようにはしゃぎながら、俺に話しかける。
 窓の前に立ち、月淡い光に輝く銀色の髪。俺と同じ銀色。こちらを見る中性的な整った顔は、穏やかに微笑んでいる。
 男は名はルーンロード。その昔、俺…闇の魔導師シェゾ・ウィグィィが倒したはずの先代の闇の魔導師……そして、今現在俺に纏わりついている亡霊だ。
 ルーンロードが見つめている先には、欠けてゆき赤く染まっていく赤い月がある。
 正確には赤味がかかった茶色で、微かに金色の光をまとっている。濁った赤色はまるで血のようだと思った。
「…そんなもの何度も見た。こんな寒い夜にわざわざ外で出て眺めるほど興味は無い」
「それは今までのシェゾにとってはつまらない夜だったのでしょうね。月を眺めながら散歩しませんか?面白いものを見れますよ」
「寒いから嫌だと言っているだろう」
「ほー……次があると思わないでくださいね。じゃあ、私は一人で行きますので、留守番お願いします~」
「留守番も何も元々ここは俺の家でお前は……っ」
 最後に居候だろ、と、言いかけたところでルーンロードの姿が無かった。窓か、壁をすり抜けて外へ出ていったのだろう。
「………」
 酒をあおり、ソファーの上で寝返る。
 やっと静かになった……が、自分以外の人がいなくなった静寂はよけいに空気を冷たく感じさせる。
 それに……ああいう言い方されて気にならないわけがない。

 普通の人間は姿を消したルーンロードを追える者はいない。その存在は希薄で油断するとその存在を見ることも、その存在を感じることすらできなくなる。
 彼は不意に現れて人をおどかすのが好きな亡霊だ。
 だから、こっそり後をつけるなんて無理である。
「………」
(普通なら気配に気付かないでしょうが…ほんとわかりやすいことで……)
 見張っているシェゾにわからない程度に後ろを見ると、暗闇の中でさえ輝く銀色の髪が隠れている木からはみ出している。
 思わず…シェゾほんとはかぁいいですねぇ~!とぎゅうぎゅう抱きしめたくなるような衝動にかられたが、我慢した。
 今バレバレですと教えたら、怒って帰ってしまうだろう。挑発した意味がなくなる。
(さぁおいで…シェゾ・ウィグィィ)

 丘を登っていくルーンロードの後ろについていくシェゾ。人気がないせいか、普段では姿を見ることができない月精たちが赤い月の光の中で踊っている。
 淡い赤い光を纏った妖精の姿は幻想的で、さまよう人魂のようにも見える。
 クスクスと笑う声と、歌声が聞こえる。不思議な音色だ…と耳を澄ますけど、妖精たちにしかわからない言語で、なんと歌っているのかシェゾにはわからない。
 ふと気になって月を見る。
 赤い月。不気味で少し恐ろしい。なぜ、淡く輝く銀色が赤色に染まるのかわからない。
 死んだような赤はルーンロードの淀んだ赤い目に似ている。
 実際死んでいて、亡霊として未練がましく俺の側にいるわけだが…
 最初にあの目を見た時、嫌悪感を抱いたものだ。空っぽで、なんの感情も感じさせない。ただ淡々と台本を読むように、あなたは闇の魔導師になる運命だと言った。
 くだらない……ラ―ナ遺跡を歩いている時「さぁおいで…シェゾ・ウィグィィ」という声に、どんなに心を躍らせたのかお前は知らない。
 退屈だった日常にどんな変化をもたらしてくるのか…声が聞こえた鏡に触れた後、モンスターがうろつく迷宮で目覚め、殺されるか、前へ進むかの恐怖。その先にあったのが悪夢のような運命……!
 全部あいつが悪い……
 私の声を聞いて、勝手に期待して誘いに乗ったのはあなた…と笑うだろう。
 急に怒りが沸き起こった。
 いつでも、今も魔力吸収を使えば、魔力の力で存在しつづけているルーンロードを消滅させることなんて簡単だ。
 月光に反射した青い目は微かに赤く染まったように見えた。
 握っていた手を広げて、魔法を使うのように構えようとした。その時、冷たい風が吹き。身体が震えた。
(寒い……そう寒いからなんだ)
 シェゾは手を元通りにマントの中にしまい。熱を逃がさないように握った。

 ゆるやかな斜面を歩いていくと丘の頂上につく。大きな一本木が生えており。そこから先は絶壁となっている。それ以外は何も見当たらない。
「手を伸ばしてごらんなさい」
「っ!」
「まるで手に届くに見えるでしょう。シェゾ」
 一瞬先ほど自分がやろうとしたことを言ったかと思った。
 けど、男は最初から最後まで気付いているのだろう。けれど、いつもどおりに微笑んで俺に変わりない態度をしている。
 優しいのか、どうでもいいことなのか…俺にはどう判断したらいいのかわからない。
「ああ、よく見えるな」
 人の街の明かりがなく、ここら辺では高い丘の上からでは障害物になるものはなく。さまよう妖精以外は誰もいない。
「…踊る月精を見たでしょう。あれは月から降りてくる魔力を溜めているのですよ」
「ああ、知っている。月の雫と呼ばれる魔力のカケラ。妖精以外には見ることも、その魔力を回収することはできない」
「妖精がまとう光はそのカケラを体内に取り込んでいる時のカケラが光るらしい、という話ですね。昔、月蝕の時に見かけましたね。淡い光を纏い踊る姿…赤い月は記憶のままだった」
「…意味深な事を言っておいて、お前が見せたかったものってこれか……だが、悪くは無い」
「シェゾ…美しいものは覚えておきなさい。きっと思い出した時に、また見ようと思うことができる。次は好きな人と月を眺めてごらんなさい、あなたの思い出となって…きっとその人の思い出になるでしょうから」
 忘れないで、と笑った。まるで自分に次がないと知っているような顔で…けど。
 濁った赤色の目は、真っ直ぐと俺を見ていた。あの時の無機質な冷たい目とは違う、感情が宿った目。
 ……俺は昔と変わったけど、この男も変わったのかもしれない。
 それでも、俺はこの男を嫌うことしかできない。たぶん、わざと俺を怒らせることばかり言うこの男もこの関係を望んでいるのだろう。
 この穏やかな日々が永遠に続かなくても、俺はいつかこの赤い月を見て、こんなことがあったな…と笑うだろう。

 

2011/12/11
2011/12/13改稿