寺院の奥へ進んでいくと、不気味な空間に辿り着いた。脈打つ肉の床。所々に開いた穴を覗くと、いくつもの人間の頭部が見えた。その表情は今にも絶叫が聞こえそうな恐怖で固まっている。これは生きた人なのか、悪趣味な装飾なのか…。吸血鬼はよく見ようとしたが——
Who killed Cock Robin?Who killed Cock Robin?Who killed Cock Robin?Who killed Cock Robin?Who killed Cock Robin?
歌が聞こえてきた。入口の番人とまったく同じ格好をした鳥頭が歌っている。壊れた機械のように。何度も何度も同じ歌詞を繰り返しながら、狂ったように頭を縦に揺らし。明らかに吸血鬼たちに敵意を持って近づいてくる———!
シーナ「キャー!?」 勇敢に同行したシーナだが、流石に悲鳴を上げてしまった。
エリザ「…っ!」 咄嗟に首狩りエンチャントされた忍刀を振るい。首をちょんぎりにした。もう歌うことはない。「なんなんですの…ここ。まるで悪夢ですわ」
アネモネ「流石だ、エリザ。…シーナ、大丈夫か?」
シーナ「え、ええ。大丈夫ですよ。先へ進みましょう。絶対、あの人に会うんだから…。…今となってはもう分からないけれど、死んだ人間がもう一度蘇るなんてことが、本当に起こり得るんでしょうか?」
アネモネ「死は死だ。生にならぬよ。それは生き物ではなく化け物だ」
シーナ「そう、ですよね…。冒険者さんはホントに迷いがないですね」
アネモネ「…。まだ触手うねうねがいるようだ。警戒せよ」
シーナ「はい!」
ジル「あーんな肉塊のうねうね、僕がこんがりジューシーにしてやりますよ!」
ドラクル「触手を捻って、ソーセージにしましょうか」
マリー「…その肉は食べたくないな」
~大聖堂~
異空間の中枢。亡者の檻を抜けた先に築かれた荘厳なる聖堂。神々しいステンドグラスの光が透けて映る中、”司祭”は広間の中央に膝をつき、天を仰いで祈りを捧げていた。その奥には、途方も無く歪んだ闇が広がっている。姿は見えない。しかし暴力的な重圧を放つ”何か”が、この大聖堂全体を見下ろしているのだ。
黒いローブの女「お久しぶりですね、冒険者さん。私の事を覚えていますか?」 立ち上がり、ゆっくりと胡乱な視線をやった”司祭”は目元を隠すフードを蒼白らんだ手で取り外した。
アネモネ「…」
エリザ「あなたは…!?」
無言の吸血鬼とは対照的に少女はひどく驚いていた。
…それはかつて、雪の街で吸血鬼たちに依頼を持ちかけた少女。リリィの屋敷で変わり果てた姿となった幼馴染を悼み、雪原へと姿を消した村娘の顔だった。
ニスファラ「思いもよりませんでしたか?それとも今の今まで忘れていた?そうでしょうね、こんな下らない女。あなたにとっては有象無象の街の住民としか映らなかったのでしょう」
エリザ「…」 少女は屋敷で見つけたニスファラの恋人のことを思い出す。くるしいくるしい…と、泣き続ける異形の姿を。あの時に感じた胸の痛み。いつの間に忘れていたのだろう…。
ニスファラ「けれど、私は決して忘れませんでした。…忘れられる訳がない。あの人の事を。別離の悲しみを。身を切るような吹雪の冷たさを。その全てを否定するために、今この場所に立っているのだから」
黄金に怪しく輝く双眸を見開き、ニスファラはローブを翻した。その指や下肢には痛々しい凍傷の痕が刻まれている。姿形は同じでも、彼女の纏う雰囲気はノイエルで出会った頃とは一変していた。異形の神の代弁者。奇跡を操る魔性の”司祭”…まさか、想い人と再会を果たしたいという一心のみで魔導を修め、これほどの大規模な教団を率いて死者蘇生の秘奥に手を伸ばす寸前まで至ったというのか。只人であった筈のあの娘が。ありえない話だ。そう…誰か、裏で彼女を手引きした者が居ない限りは…。
アネモネ「…そなた。黒い服を着た”旅の商人”と名乗る男に会ってないか?」
ニスファラ「私の恩人を知っているの?雪原を彷徨う私に”魔導書”を授けてくれたの。この本が私の道を照らしてくれた。簡単な事よ。壊れてしまったなら、また作り直せばいい。私の手で、一から彼を作ればいい…」
マリー「なんてことを…!」 声を荒げるマリーだが、
シーナ「…それが、”奇跡”のタネなんですね」 ポツリと呟かれたシーナの言葉が大聖堂に響いた。
結局はそういう事だった。ニスファラが教団という組織の中で施していた奇跡は、ただの実験に過ぎなかったのだ。生きた”材料”を調達し、不完全な施術を用いて、死体の欠損を再生する。作り出された中途半端な蘇生者を検証し、より完成度の高い術法を生み出していく。いずれ来るでだろう”本番”に備えて。他者の祈望を踏み台にしながら。
ニスファラ「…お気持ちは変わらないようですね。私には理解できません。住み慣れた街の暮らし、思い出の残骸…。そんなものに価値なんてまるで見出せないから」
シーナ「そう…。そうなんでしょうね、あなたにとっては…。だけど、あなたが利用して使い捨てた人たちは…皆、生きていた。その手で息の根を止められるまで、ずっと」
見慣れたヴェルニースの街。歩くとかならず出会う見知った住民たち。挨拶を交わし、その場で他愛もないおしゃべりをしたり、シーナにとっては当たり前だった日々。…その日常の中にはかつて弟の姿があった。けれど——
シーナ「私だって弟には逢いたい。全部を台無しにして、あの子の元へと走れれば、どんなにか楽だと思います。…だけどそれは逃避ですよ。あなたの選択には葛藤がない。天秤の重みの片方には目もくれず、顧みもしない…。現実を直視できていない所業を強さとは言いません」
ニスファラ「…それこそ逃避ではありませんか?重み?馬鹿馬鹿しい。生まれてこの方、他者との関わりにそんな大層なものを感じた事はありませんね。現実?糞くらえだわ。私には彼さえ傍に居てくれればそれでいい。貴方の抱え込んでいる迷いは、ただの弱さだ」
シーナ「…否定するつもりは無いです。だけどこれだけは言える。あなたと私は相容れない」
ニスファラ「平行線のようですね。このまま話し合ったところで埒があかない」
低い、始動が鳴り響いた。
揺れる聖堂の空間が裂け、得体の知れない影…。不快で、不安定な、不定形の塊が顔を覗かせる。大地が軋み、赤い瞳が見開かれる。…偽りの神の顕現だった。異形の存在が放射する無差別の狂気に、精神が蝕ばまれていく…。浮かび上がった巨大な質量の粘体を撫で、ニスファラは愛おしそうに吐息を漏らした。
ニスファラ「あぁ…っ!見てください、もう少しなんです。もう少しで彼の新しい体が…。ここまで仕上げるのにどれだけ苦労したか…。あなた達に想像できますか?」
エリザ「何を、言っていますの…」 それはどう見ても、人の形をしていない。リリィ屋敷で見た以上の異形であった。
ニスファラ「邪魔はさせない…。彼の魂は、”神”の新しい器に受肉する…。決して離れ離れにならない、永遠の幸せが目前に在るのよ。お前に…お前たちなんかに邪魔させるものかぁ!」
ドラクル「愛が深い方ですな」
アネモネ「…溺れるほどにな」
吸血鬼は素早くニスファラの背後に回る。混沌とした魔力が宿った瞳が『傲慢なる死を孕む誕生』を見つめると、その巨体はボロボロと崩れていく。
ニスファラ「やめてぇええっ!!」 悲痛な声を上げ。足止めしようと蜘蛛の巣の魔法書を読むが、蜘蛛の糸が吸血鬼の足を絡み取ることはなかった。次に麻痺の矢を唱えようとしたところで、真っ赤な大斧が飛んでくる。
マリー「すまないが、あれはこの世に存在するべきものじゃない…!」
エリザ「私、覚えていますのよ。あなたの恋人が恐ろしい姿になって苦しんでいたことを…」 少女は悲しげな表情を浮かべながら、彼女を止めようと、2刀を振るう。
ニスファラ「どうして…なんで…」
アネモネ「…そなたは」
アネモネ「馬鹿だな」
矢は『傲慢なる死を孕む誕生』に命中し 混沌の渦に吸い込んだ。
ニスファラ「あ…ああ……」
肉体の痛みか、精神のショックか、堪らず膝をつく司祭の姿に、シーナは何か言いたげに唇を噛んだ。助からない程の手傷ではない。…しかし、適切な処置を施さなければ、とめどない出血がいずれ彼女の命を奪っていくだろう。
ニスファラ「あはは…ここまで、ですか…」 全てを悟り、力無くニスファラは笑みを浮かべた。
シーナ「ヴェルニースに戻りましょう。すぐに手当しないと…」
エリザ「それなら、私の魔法で」
ニスファラ「…お断りですよ。言ったでしょう?私には彼が全てだって。私は人生を賭けた大勝負に負けた。今更、現世に未練なんてない」
背後に沈む、切り裂かれた巨大な異形を一瞥する。そう、自分はもう既に戻れない地平に立っている。ならば、せめて最後は彼と共に————…その傍で叶わなかった夢の残滓に浸っていよう。
シーナ「でも———…!」
ニスファラ「無駄な議論です。…それに話し込んでいる暇はありませんよ。”神”を喪った今、異界の門は閉じ、この礼拝堂と寺院を繋ぐ道は程なくして消滅する。幽世に取り残されたくないのあれば、一刻も早くこの場を去ることです」
シーナ「ニスファラさ———…」
駆け寄ろうとするシーナの行く手を塞ぐように、礼拝堂の十字架が傾き、崩れ落ちる柱が砂煙を上げる。
アネモネ「シーナ…ヴェルニースに戻るぞ」
シーナ「……はい」
微笑を浮かべたまま微動だしないニスファラ。治療を施す時間も。本人の意思も無い。諦めきれないシーナであったが、吸血鬼の静かな言葉に己が帰るべき場所を思い出し。共に出口へ向かった。
瓦解していく祭壇と、腹から流れ落ちる鮮血の中。動きを停止した不定の異形に寄り添いながら、ニスファラは最後の時を迎えようとしていた。
ニスファラ「…———あぁ……あなただったの」
霞む視界に、あの凍える雪原と同じ黒い人影が見えた。”魔導書”をくれた旅の商人だ。
ニスファラ「ねぇ…わたし、頑張ったよね…。目的までは手が届かなったけれど…この人のために、精一杯がんばったよね…?」
立ち上がる力もなく横たわり、そう穏やかに問いかけるニスファラを見つめ————…影は、薄く嗤った。ニヤニヤと醜悪に歪んだ男の貌を少女はぼんやりと捉える。答えがいつまでも返ってこない事を不審に思い、ニスファラは訝げに眉をひそめた。
謎の行商人「…フフッ、何を言っているのですか?アナタは」
ニスファラ「え…なにって…わたし…」
謎の行商人「アナタがかき抱いているソレを、もう一度よく確かめて御覧なさい。アナタは、ソレが恋人に見えるのですか?アナタの呼びかけに、ソレが応じてくれた事がありましたか?よーく、よーくご覧になって下さい。その、腐った血肉で出来た怪物を————…」
甲高い、人間離れした不穏な声。足元に這い寄る、おぞましい影。周囲の空間が捻じ曲がっていくような感覚が、ニスファラを恐怖に駆り立てる。血の気が引く思いで、今まで寄り添っていた肉の”器”を見返した。醜く、弱々しく揺らめく怪物の瞳は、この期に及んでニスファラの姿など全く意に介してはいなかった。
ニスファラ「え…?…だって…あなた、あのとき…」
旅の行商人「ワタシはかつて言いましたね。その”本”の導きに従えば、アナタの恋人を生き返らせる事が可能だと。そのために、他人の命を犠牲にする覚悟はあるのかと」
ニスファラ「そ、そうよ…!だから、こうして…!」
旅の行商人「ゴメンナサイねぇ…アレ、全部嘘なんですよ」
裂けるように口角を引きつらせ、影はおどけた仕草で合掌した。呆気に取られるニスファラの姿を眺めながら、愉しくて仕方ないと言った風に腹を抱える。
旅の行商人「ワタシが言ったこと、ぜーんぶ、ぜーんぶ嘘なんデス!ありませんよ、死者を生き返らせる方法なんて!常識で考えて下さい!ある訳ナイデショそんなもの!」
ニスファラ「何、を…。でも…だって、ヴェルニースの人たちはたしかに儀式で…」
旅の行商人「結局皆、失敗したのニ!?何故、自分ダケが成功すると思ったんですか?不思議ですネェ…自分だって例外ではないと。そうは思わなかったですカ…。不思議ですネェッ!」
ニスファラ「……っ……」
旅の行商人「ウフフフフフフフッ、これだから面白い!人間を揶揄うのはやめられない!ウフフフフッ…」
金槌のように無慈悲な言葉が、ガツン、ガツンと。ニスファラの頭上に振り下ろされる、歯を鳴らし、頬を掻き毟り、未だ少女は信じられないといった様子で影と怪物を見比べている。この男は人ではない。魔導書を手渡した目の前の存在は、この世界の住民などでは決してなかった。弄ばれたのだ。特に理由もなく、異形の神々の戯れに。失血に霞む意識が、どす黒い絶望に塗りつぶされる。
ニスファラ「いや…。ねぇ…それじゃあ、今まで私がやってきたことって…」
《??????》「ウフッ!ウフフフフフッ!ウフフフフフフフフフフフッ!」
ニスファラ「…他人の命を踏みにじってまで、私がしてきたことって…一体何だったの…!何だったのよ…っ!」
嘆くニスファラを影は笑う。喜劇を見て、無邪気に笑う観客のように笑い続ける。——その時。揺らめく影の正中を貫くように、マナの熱波が扉の入り口から放射された。向けられたものは明確な敵意。嘲笑を止め、飛び退る影の視線の先には、灰色の髪と漆黒のローブ。———表情を消した葬列の魔女が、音も無くその場に佇んでいた。
《??????》「おや、これはこれは…。随分と懐かしい顔だ」
鼻白んだように嘆息する影を無視し、アルハザードはニスファラの元へと歩み寄った。沈痛な面持ちで膝を付くと、そのまま横たわる少女を介抱する。浅く呼吸を繰り返すばかりのニスファラは、息も絶え堪えに、それでも涙ながらに目の前の女性へ救いを求めた。
ニスファラ「ねぇ…?嘘だよね…。私がしてきた事が全部無駄だったなんて…そんなの嘘だよね…。私、頑張ったのよ…?あの人に会いたくて…ずっと、ずっと…頑張ってきたのよ…?」
アルハザード「………。…えぇ、勿論よ。あんな奴の言葉を真に受ける事なんてない。貴方の努力は、遠からずきっと身を結んでいたわ。貴方の想いもちゃんと彼に届いていた。だから、胸を張りなさい…。大変だったでしょう?今は安心して、少しだけ目を閉じて休むといいわ…」
投げかけられるアルハザードの声に、ニスファラは僅かな笑みを浮かべ、そのまま安堵するように、ゆっくりと意識を手放した。…眠るかの如くに息を引き取った少女の亡骸を、魔女は注意深く抱え上げる。土に還るのであれば、せめて故郷の地へ————…愛する恋人の傍に彼女は居るべきだと、そう思ったから。
《??????》「…ウフフ…」
嗤う声。すれ違いざま、心底愉快そうな”影”の声が響いた瞬間、空間が昏い霞に覆われる。膨らむ奇妙な重圧の中、その中心に立つアルハザードの瞳が、異質な翡翠の輝きを放った。
アルハザード「————黙れと…言っているでしょう?」
《??????》「ああ…恐ろしい、恐ろしい…。虫も殺さぬような顔をして、アナタはその実とても危うい。精神の均衡がまるで保てていない。ほら、早速出かかっていますよ、”本性”が」
アルハザード「…私の気が変わらない内に疾く失せなさい。比喩ではないわ。これ以上、死者を冒涜するようなら、お前は”消す“」
《??????》「…けれど、アナタはそれをしないデショウ?知っているから。我々外なる神などよりも、自分の方が余程恐ろしい存在であると。何もかもを死の闇に沈めてしまう魔女であると、ようく理解しているから」
アルハザード「…………」
うなり、揺らめく影の気配が遠のき、ゆっくりと聖堂から消え去っていく。答えを返すものは誰も居ない。全てが滅び、而して”門”は閉じられた。魔女の腕の中に残されたものは、か弱い少女の亡骸だけ。…落ちゆく寺院の闇を見つめ、アルハザードは虚ろにその目を伏せるのだった————…
ニスファラはそれなりに耐性高め。暗黒の矢と麻痺の矢、ランダムで持っていた蜘蛛の巣の魔法書で足止めな構成になっていたな。『傲慢なる死を孕む誕生』は混沌耐性0なので、混沌の瞳を連打するだけでミンチに出来るが…実はニスファラの耐久高くないので、そっちを殴る方が楽かもしれない。どちらかをミンチにすると戦闘終了するので。それにしても、いつもニコニコあなたの隣に這い寄るさんはこのままメインストーリーのボスとして出てくるのだろうか?
シーナ「あら!いらっしゃいませー!」
アネモネ「ふはーははははっ!酒樽の準備は十分か。飲み干しに来たぞー」
シーナ「ふふっ、それは大変!すぐに持ってきますね」
マリー「本気にしないでくれよ…」
賑やかな喧騒。酒の匂い。吟遊詩人の歌声…いつもどおりのヴェルニース酒場だ。見かけた街の住民もごく普通に暮らしていた。…まるで何もなかったかのように。何人か行方不明になったという噂が聞こえた。すれ違ったポピーの散歩するリリアンの瞳には誘拐されたトラウマからか、周りを警戒するような怯えがあった。
マリー「…」 吸血鬼の前の席に座ったマリーはその苦さを誤魔化すように酒を飲む。ふとアネモネを見ると同じように盃に口をつけていた。飲む、飲んで飲んで…更に飲んでいる。「ペース早くないか…?」
アネモネ「何を言っておる。どちらが酔い潰れるまで飲み比べをすると言っていたであろう」
マリー「この前の話を諦めてなかったのかっ!?」 驚くマリーの目の前に次々と酒瓶が置かれていく。持ってきたシーナはどんどん飲んでくださいね。と言わんばかりに笑っている。…飲むしかないようだ。
~数時間後~
アネモネ「………」 吸血鬼は安らかに眠っていた。空っぽの酒瓶が大量に転がるテーブルを枕に息も無く。
マリー(こうなるとわかっているはずなのに…私と同じように飲みたい気分だったのか?)
そろそろ閉店時間だ。いつまでも居座るのは迷惑だろうと、柔らかな頬をむにりと掴むが。ぬぅーと呻くばかりで起きる気配がない。おんぶして、自宅に連れていくしかないか。そう思案していると、視界の端に甘い匂いがする緑髪が映った。
エリザ「また2人でどこかに消えたと思ったら、飲んでましたの」
マリー「その…すまない」
エリザ「マリーは謝らなくていいですわよ。あのひとに強引に誘われたのでしょうから。…何か話しました?あ、内容は詳しく話さなくてもいいですわよ。いつもどおりの阿呆ですけど、最近、お酒を飲む量が増えていて…。悩んでいるなら、あなたに打ち明けてくれているといいと思いましたの」
マリー「いや、何も…」
エリザ「そう…気にしないで。私、吐かせるつもりはありますから。相手してて疲れたでしょう。私が面倒見ますから、マリーは先に帰っていいですわよ」
マリー「ありがとう。エリザ」(ここはクールに去るとしよう…)
席を立ち、アネモネに寄り添うエリザを微笑ましく眺め。マリーは酒場から出ようとしたが…急に腕を引かれ。一体何だろうと見ると、シーナがこちらを見つめていた。
シーナ「少し…お時間もらってもいいでしょうか?」
シーナ「…今は大好きな人の隣で眠っているって」
人気の失せた夜の墓地を2人ぼっちで歩く。聴こえてくるのは風の葉鳴と、夜虫の音だけ。暗闇に浮かぶ蛍火が、取り残されたように視界の隅で踊っていた。
シーナ「…これで良かったんだと、思います…。少なくとも、拠り所もなく土の中に収められるよりはずっと…。きっと、あの人はそんな結末、最後まで望んではいなかったんでしょうけど…」
穏やかでどこか寂しそうな青い目を持つ彼女は何も言わなかった。この冒険者さんにも居るんだろうか。自身の生き方を変えてしまうくらい大切な人。守りたいと思える人。その人の喪失を突き付けられた時、一体どんな決断を下すのだろう。
シーナ「全てを犠牲にして、他人の命すら踏み台にしてまで、眼前の”死”を否定する…。幸せな時間をいつまでも拳中にとどめる為に。決して受け入れる訳にはいかないけれど…私あの人の気持ちも、理解できる気がしたんです。それくらい生と死の壁は、厚く、冷たい…。目の前の現実が何かも夢で、目が覚めたら全部元通りになっていたらって思う。…何度も思った。だけど、そんなことは決して無くて…朝、ベッドから天井を見上げて、改めてその光景に眩暈がするの」
マリー(夢であったらか…)
シーナ「…笑っちゃうでしょう?口ではいくら勇ましい事を言っても、私の覚悟なんてこんなものなんですよ。きっとあの人は、私のそういう部分を見て弱いとなじったのね。喪失を受け入れて前に進む事が、強さなのかただの静観なのか…結局私には分からなかった…」
弟の墓前に膝をつき、冷え切った石肌に手を添える。不意に熱い感触が頬を伝わった。
シーナ「でも、私は例えもう一度全てを失う時が来たとしても、それで生きて前へ進みたい、ってきっと思います。苦労して辿り着いた先が自分の思い描く場所じゃなかったからって、それだけで死を選ぶなんて哀しすぎるもの…」
争いに敗れ、自ら生き残る事を放棄した彼女の、最後に見た微笑は今でも目蓋の奥に焼き付いている。
シーナ「弟もきっと天国でそう望んでくれてるって…そう思ってしまうのは、私が弱いからなんでしょうか…?」
マリー「……私も大切な人が居たんだ。救いたかった…本当に、今でも…。あの頃、当たり前にあったすべてを失った。それでも、私は先の道に歩む。きっと彼女もそう望んでいると…。それは弱さではないよ。信じているんだ。己と大切な人を…私はそう思う」
なぜ彼女をここに連れてきたのか、自分の行動がわかった。どこか似ているんだ、私たちは。その言葉に堪えきれずその場に泣き崩れる。
大丈夫。夜が明けて、目を覚ます頃にはまたいつも通りの私だ。そう言い聞かせながら。結局のところ、私たちはそれぞれの答えを手に、それぞれの葛藤を抱えながら、自らが選んだ道を進むしかないのだろう。
崩れ落ちる寺院の向こうに消えていったあの人が、私を間違っていると嗤うなら、私は、これが正しいのだと、胸を張って証明し続ける。未来への歩みを止めない事こそが、私の信じる答えなのだから。
シーナ(だけど、それでも今だけは…)
こうして、悲しみに膝を折ることを許して欲しい。墓地に踊る蛍火を見上げ、私はようやく事件の終わりを悟った。止めどなく漏れる嗚咽と共に。せめて生を終えた彼女たちに安らかな眠りが訪れればいいと、そう願いながら…。
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