クレイモア吸血鬼の旅行記96 ノヴィスワールド-賢者ウィルルの憂鬱 後編-

elonaプレイ日記踊れ月光『アネモネ』

~???~

天井から頬に落ちる水滴が、朦朧とした意識を現実へと引き戻した。あれからどれだけの時間が経ったのか…。ぼんやりした意識を覚ます痛みに顔をしかめ、身動きしようにも手首は上方からの鎖に繋がれていた。裸に剥かれた己の身体を見つめ、ウィルルは気を失うまでの出来事を思い出した。

纏う暴風で屋敷の中を瓦礫へ変え、立ち塞がる邪魔者たちも吹っ飛ばす。ウィルルは荒れ狂う嵐のように心が乱されていた。買い物に出かけたレムリアに付き添っていれば…。少しでも街の中に漂う邪神の気配に目を向けていれば…。きっと怯えて泣いているだろう、あるいはもう…。箱の中にあった過去の記憶が蘇り、ただただレムリアを助けることだけに頭がいっぱいだった。奴隷として連れてこられた彼女は地下室にいると目星を付け、地下への階段を駆け下りたが———それは卑劣な罠だった。見つけたレムリアは洗脳されており、ウィルルの脇腹にナイフを刺したのだ。まだ意識があったレムリアは錯乱し、絶望の悲鳴を上げる中。現れたのは…。

 



ウィルル「……。…寝起きにオマエの姿を見せられるのは、良い気つけになるわね…」
フィアマンテ「嬉しいわぁ…まだまだ元気いっぱいみたい」
フィアマンテが蛇皮の鞭を振るうたび、ウィルルの白磁のような肌に赤い線が刻まれる。彼女はこうして半日以上、休みなく呪術師の拷問を受けていた。

ウィルル「っ…」
フィアマンテ「これだけ打たれても悲鳴の一つも上げないなんて、感心だわ。だけど少しつまらないわね…。オマエには自身の痛みよりも、可愛い可愛い従者を傷つけられる方が効くのかしら?」

ウィルル「————…レムリアに少しでも手を出して見なさい。どんな手を使ってでも、オマエを八つ裂きにしてやる」
フィアマンテ「アハハハッ!!こわいこわい…。ようやく調子が出てきたじゃない。よっぽど大事なのねぇ、あの黒天使の事が」

ウィルル「…レムリアを何処へやったの…。答えなさい、フィアマンテ」
フィアマンテ「館の最上階でスヤスヤ眠っているわ。心配しなくても何もしないわよ、”まだ”ね」
満面の笑みで嘲りを浮かべる邪神の盲いた瞳に、ウィルルは殺気を込めて視線を叩きつけた。感情の昂ぶりで沸き立つ風の奔流は、しかし地下室に阻まれ霧散してしまう。
フィアマンテ「いいわ、その憎悪に満ちた眼差し…。ぞくぞくする。神の呪詛が込められた感情のうねりは、呪いを司るこのワタシにとって最高の血肉になる。感謝するわよ、ルルウィ…。アナタがこの市場を訪れてから、随分と古傷の調子が良い…」

ウィルル「成る程ね…。オマエが人間の商会主の真似事なんて、どういう風の吹き回しかと思っていたけれど…。狙いはソレか」
フィアマンテ「快楽、欲望、狂気…。国家すら手だし出来ないほどに膨大したこの奴隷市場には幾多の情念が渦巻いている、そうなるように私が仕向けた。やがて人々の中から溢れ出した感情は、様々な摩擦を生み、昇華され、市場の支配者である私に向けられる。人間たちの怨嗟や畏怖は上質な呪詛となり、我が霊基の糧となってくれたわ。お前との戦いで負った傷を癒し、喪失した魂魄を補填して…。今やこの肉体は、負の神々として君臨した全盛期の力を取り戻しつつある…!」
疼く両目の創を押さえながら、避けるほどに唇を吊り上げ、邪神は嘯く。嗚呼、とウィルルは焦点の定まらない視界の中、ぼんやり思った。異常とさえ言える過去の栄光への執着と、力への括り。目の前の妄執の怪物を創り上げてしまったのは、他ならぬ自分なのだ。何故ならば…。
フィアマンテ「オマエはまだ殺さないわよ、ルルウィ…。少しずつ、少しずつ…真綿で首を絞めるようにいぶって、必ず生きていることを後悔させてやる。もう殺してくれと自分から懇願するまで、お前から全てを奪い尽くし、身体と心を丹念に壊してあげる。それがオマエへの復讐なのだから…。まだまだこの戯れは終わらせない…。もっと踊るの!!次は何をしてオマエの顔を苦悶に歪ませてやろうかしら!ずっとずっと…一日千秋の思いで待ち焦がれたのよ…!簡単に終わらせて堪るものですか!!」
…何故ならば、この女の行動原理は全て復讐心に根ざしているのだ。フィアマンテの養分としていびつに膨大したこの奴隷市場は、統制を失い遠からず終焉を迎えるだろう。膨れ上がった狂気の箱庭の崩壊の余波は、何万、何十万という人間に必ず破壊をもたらす。それさえもどうでも良いことなのだ、この女にとっては。かつての力を取り戻し、風の女神を地獄の底へと叩き落すその欲求こそが、今のフィアマンテという存在を形づくる本質だった。

ウィルル「ぅ…っ…」
フィアマンテ「はあっ…はぁ…。ハ…ヒャハハッ…!そろそろ鞭で嬲るのも飽きてきたわねぇ…!次は臓腑を引きずり出しながら犯してあげましょうか!大丈夫よ、死なない程度に加減してあげる!血反吐を吐いて、無様に転げ回りなさいな!」
息を荒げながら狂笑し、呪術師はウィルルの下腹部へと手を伸ばす。表情を強張らせ体を逸らせようとする彼女の肩を押さえつけ、鉤爪のような変形した指先が臍のくびれへと食い込んだ。

ウィルル「っ…ぁ…」
今まさに、柔肌が横薙ぎ切り裂かれようとした…その瞬間。

ジュア人形「—————ダメェええええええええっ!!!
鈍い音が響き、たまらずたたらを踏む邪神の前に、地下牢へと侵入した冒険者たちが姿を現した。

ウィルル「…!!…」

マリー「お前、他に投げられるものがあっただろうが…!」

アネモネ「投げられたそうなオーラを放っていたのでな」

ジュア人形「もっと丁重に扱ってよ!…と言いたいところだけど、今回は許します!良い判断だわ」
投擲されて、床に転がるジュア人形を拾い上げながら、吸血鬼は鎖に繋がられたウィルルと、その眼前に立ち盲目の呪術師を見比べた。

アネモネ「花の散らしあいというには棘がありすぎるぞ。そういったプレイは同意が無ければ犯罪だと知らぬのか」
フィアマンテ「…なんだ、この蛆虫は。一体、どこから湧いて出た…」

ウィルル「…!…なんで…」
珍しく戸惑うような表情を浮かべる風の賢者とは対照的に、盲いた術師の顔から表情が抜け落ち、代わりに凄まじいまでの憎悪が空気を介して伝わってくる。…どうやら虎の尾を踏んだようだ。”楽しみ”の邪魔をされたのが、余程、勘に触ったらしい。

ジュア人形「そこまでよ、フィアマンテ…!ルルウィの肌をこんな風に傷物にして…!絶対許さないんだから!」
フィアマンテ「ジュアか…。あの時も今も、ルルウィの周りをウロチョロと飛び回る、何かと目障りな小娘…。丁度いい。お前もついでに縊り殺してやろう」

ジュア人形「………。ふ、フンだ!アンタなんてちっとも怖くないわ!それに、この人間をあまり甘く見ない事ね。もうなんか…うん。…とにかく色々な意味で凄いんだから!」

アネモネ「そなたまでそのように賛美すると思わなかったぞ。我のロンギヌスを…!」

ジュア人形「ちが、違うっ!!男性のそんなところを凝視するなんて出来るわけ…何を言わせるのばかぁ!!」
フィアマンテ「—————…」
賑やかに漫才を始める2人に鼻白むように一瞥をくれた後、邪神は改めて吸血鬼に冷たい重圧を向ける。
フィアマンテ「…合点がいった。お前か。レシマスの偽りの預言者から《眼》を奪い、ポートカプールで腐泥の竜を血の底に沈めた人間というのは。主神どもの傀儡め…。良いように利用されて、哀れなことね…」

アネモネ「…私が、神の傀儡であると…?」 静かな声であったが、吸血鬼の雰囲気が変わった。その表情はすべてを憎むような怒りに満ちていた。
フィアマンテ「余興のひとつとして、オマエも喰らってあげる。レムリアを助けたければ、最上階まで上がってきなさいな…。せっかくだもの、もっと広いところで遊びましょう。あなたもよ、ルルウィ…。ちゃあんとワタシを追ってきなさい。全てが手遅れにならない内に、ね…」
妖艶な仕草で手招きした後、フィアマンテの姿は影となって闇に溶けた。マリーは殺意に満ちた吸血鬼の表情が気になったが、傷を癒すためにウィルルのもとへ急いだ。

 



ウィルル「オマエたち…どうしてここに…」

ジュア人形「どうしてここに…じゃないわよ!1人で飛び出して、無茶ばっかりして…!心配した…っ…!心配したんだから…!」

ウィルル「な、泣かないでよ、子供じゃあるまいし。……。…悪かったわ。それに助かった。オマエたちが来なかったら、正直どうなっていたか分からない…」
ぐしぐしと泣きじゃくるジュア人形の頭を撫でながら、ハタと気づき、ウィルルは少しバツが悪そうに、アネモネとマリーを見つめた。

ウィルル「…!…なに…?何か文句ありげね…?言っておくけど、私はオマエを巻き込まないために、何も告げず出て行ったのよ?主である私の深慮と気遣いに、下僕であるオマエは感謝すべき…」

アネモネ「我は貴様の下僕になった覚えはない」

ウィルル「…っ!」 吸血鬼の冷たい一言に、心臓を一突きされたように胸が痛くなった。けれど、涙を堪える。辱めを受けた姿を見られ、これ以上情けない醜態を晒す訳には———

アネモネ「だが、そなたのことは信頼している。人間を愛している美しい女神であると」

ウィルル「…ふ、ふん、当然よ。私は気品も、美しさも他の追随を許さないこの真の女神、風のルルウィ…のごとく。このティリスにおいて、唯一無二の美貌を持つウィルルよ!」

アネモネ(まだ隠せているつもりなのか…)

マリー「ウィルルさんは本当に風の女神のように綺麗で気高い人だな」

アネモネ「…。マリーはマヌケだな」

マリー「いきなり何を言うんだ…!」

 

ジュア人形にウィルルの手当を頼み、フィアマンテがいるらしい屋敷の最上階に扉の前に立つ吸血鬼とマリーだが…。


マリー「…。……」 しばし悩んでいる様子であったが、マリーは口を開いた。「先刻、怖い顔をしていたが…何か、…思い出したのか?」

アネモネ「我の麗しい顔を恐ろしいとは、酷いことを言う。…ただ、ものすごーく苛立っただけだぞ。当然のようにパンを食す傲慢。あれは消えるべき古きものだ。人間は神の愛玩物ではない」

マリー「…確かに、邪悪な異教だ。これ以上、人々が惑わされないように滅ぼすべきだろう」

アネモネ「素晴らしい正義だな。狂信の魔女共も火あぶりにするか」

マリー「それは…この国の法が決めることだ。私はただの冒険者なのだから」

 


吸血鬼たちの姿を認め、フィアマンテが音もなく浮遊した瞬間、壁面や天井の燈火が次々と点灯していく。目も眩むばかりの舞台光。視界の向こうで露わになったのは、大理石で作られたコロッセオだ。この市場に流れ込む富と、名声と、狂気の結実ともいえる絢爛な闘技場の床面には、よく見ればどす黒い血の痕が染みついている。
フィアマンテ「どうかしら?決戦の場にふさわしい舞台でしょう。退屈しのぎに奴隷たちを殺し合わせる目的で作ったのだけど、飽きちゃって放置していたの。こんな形で日の目を見るなんて思いもよらなかったわね」
心底愉快そうに言いながら、フィアマンテは辺りを見渡した。どうやら伏兵の気配を探っているようだ。
フィアマンテ「…あら。ルルウィは居ないの?てっきりオマエを囮に何処からか射かけてくると予想していたのだけれど。残念ね…、可愛い黒天使のお嬢ちゃんも連れてきてあげたのに」
くい、と女が顎で指し示した先。観衆の居ない観覧席の片隅に、ぐったりとレムリアが横たえられている。呼びかけても返事はない。どうやら呪いの類で眠らされているようだ。
フィアマンテ「フン…。ここまでしても、飛び出して来ないところを見ると、本当にこの場には潜んでいないようね。舐められたものだわ…。たかが人間に、このフィアマンテの相手が務まるとでも思っているのかしら」

アネモネ「はははっ!それは喜ばしい意見だ。我は風の女神を食したい。美しいだけの黄金の林檎と違って、極上の味がするだろう。ふはははははははははっ!」
フィアマンテ「ああ…————不快だわ、オマエ。家畜は家畜らしく。醜く泣いて、ワタシの餌になっていれば良いものを。身の程を知るがいいっ、定命が!」
邪神は壮絶な怒りの形相を浮かべて、そのおぞましい呪力を解放した。

 



アネモネ「周りにいる奴らが鬱陶しいな…我が片付けておく。マリーは美人のお相手をしてやれ。性格は最悪だが、そなたと同じく鞭を好むようだ。趣味が合うだろう」

マリー「残念ながら、私には素敵な性格で最高の妻がいる。お断りだ」

フィアマンテ「無礼共が…っ!!豚のように鳴けぇっ!!」 蛇の女神は憎々しく呪いを込めた声を発した。


マリー「あ…っ!」
マリーは動揺した。朦朧しながら、振るった大斧が吸血鬼の脇腹を真っ赤に抉ったのだ。
フィアマンテ「ヒャ、ヒャーハハハハハハハハッ!お友達を切っちゃうなんてひどいことをするわね。馬鹿ねぇ!」

マリー「アネモネ…!!」 正気に戻ったマリーは吸血鬼の血に塗れた己の手を見て、友の名を叫ぶ。

アネモネ「落ち着け。少々、腸が飛び出しかけているだけだぞ。我の心臓はここだ」 吸血鬼は愉快そうに、飛び出しかけている内臓を指でなぞり、胸の中心を指した。

マリー「何を言って…」

アネモネ「思わぬタイミングで殺されかけて…興奮した。やはり、そなたとは殺し合いをしたい。そなたの格別な鞭で」
フィアマンテ「このワタシの前でお楽しみをしようとするなんて…!ますます憎らしいっ!!」

マリー「変な誤解されたじゃないか!」


蛇の女神が大きく息を吐き出すと、辺りは白い霧に包まれた。マリーは見えた影に向かって大斧を振るうが、それは幻影であった。

アネモネ「これは…闇の霧か。面倒なことを」

マリー「初めて聞くが、一体どういう魔法なんだ…攻撃が当たりにくくなっているが」

アネモネ「見てとおり。周りに霧を発生させて、回避率を高めるものだ。ただ、我らも霧の中。あのアホ女神も攻撃が当てにくくなっておるぞ」

マリー「盲目なのにか…?」

アネモネ「盲いた者は皆、マスターサムライか?まあ、そういう魔法だ。視力など関係ないのだろう。とにかく当たるまで攻撃せよ。とんでもない数のニンジャであろうが、本体を殴れば終わり!定番だぞ」

 

存在を忘れがちな闇の霧。けっこう回避率が高くなり、霧が発生した床に居れば、敵味方関係なく効果があるので、魔法攻撃だけすればいいのでは?と思ったが、MMAでは攻撃魔法のダメージを1/2の確率で無効化する。に変更されているみたいだ。


フィアマンテ(くっ…ワタシが追いつめられるなんて、こうなったら) 咄嗟に生命力を回復しようと、黒髪の男へ触腕を伸ばすが…奇妙なことに、様々な命が混ざったような…混沌とした気配を感じた。
マリーは《姦淫のフィアマンテ》を切り払い粉々の肉片に変えた。

マリー「そいつに触るなっ!!」

アネモネ「闇鍋を食して、腹を壊すところを見たかったのに…つまらぬな」
フィアマンテ「馬鹿な…こいつ、一体…」
呪術を展開する魔法陣ごと掌の皮膚を切り裂かれ、フィアマンテは忌々しげに舌打ちした。紙一重で斬撃を避けきり、後方へと距離を取る。
フィアマンテ(人間ごときにこんな手を使うのは癪ではあるが…)
蛇としての本能が、このまま目の前の冒険者たちを勢いづかせるのは危険だと、そう告げている。攻防の応酬の最中、悠然とフィアマンテの姿が消え去り、マリーの追撃は空を切る。首を巡らし敵の姿を探すその様に、姦淫の邪神はほそく笑んだ。
フィアマンテ「————止まりなさい!」
冒険者たちの間合いの遥か先。闘技場の観客席へと降り立ったフィアマンテは、勝利を確信し快哉を叫ぶ。触腕で意識を失った黒天使を絡め取り、見せしめにその華奢な体躯を締め上げた。レムリアは悲鳴を上げる。指先から血の気が失せ、関節がきしむ。まるで、蛇の餌食になる寸前の小鳥のようだ。
フィアマンテ「状況は把握できたかしら?よく頑張ったけれどここまでよ。さっさと武器を捨てなさい、この黒天使の命が惜しければね…」

マリー「…」
脆い。脆い。全てが脆い。ルルウィが作った天使も、眼前の冒険者も、思うように動けず固まっているではないか。多少腕が立ったところで、肉の盾を使えば人間など所詮こんなものだ。
フィアマンテ「アハハハハッ!どうしたの!?顔色が悪いわよっ!今更ワタシの前に立ったことを後悔しても、もう遅い!泣いても喚いても、オマエはもうお終い…。フフ…ヒャハハハハハハハ————…は?」

マリー「…」

アネモネ「…」 吸血鬼は観察した。《破壊の斧》の柄が砕けそうな音を。どこか見覚えがある表情に。そして、マリーの殺気に蛇の女神が怯み。”風”が吹いていることに気付くのに、少し遅れたことを————
フィアマンテ「しまっ——————…!」
眠ったままのレムリアの胸元から浮かび上がる魔術印と、溢れ出す閃光。掌中の”脅威”を手放そうと邪神が触腕を振りかざすのと、黒天使を”目”とした暴悪な嵐が巻き起こったのはほぼ同時だった。フィアマンテは豚のように呻き、触手がズタズタに切り裂かれ、廻転する大気の束に体躯が中空に跳ね飛ばされる。ゴキゴキと骨が砕ける鈍い音。次いで襲い来る凄まじい激痛に、フィアマンテの口から絶叫が迸った。
????「…追い詰めれば、必ずレムリアを盾にすると思っていたわ。オマエは誰より狡猾だから」
壁面へと激突し、触腕から噴き出す鮮血を押さえながら邪神は見た。開け放たれた扉から現るローブの女。1日たりとも忘れた事のない、復讐を誓った憎き風の女神の姿を。
フィアマンテ「ルルウィ…ィ…ッ!」


フィアマンテ「馬鹿な…。そんな暇を与えた覚えは—————…」 そう言いかけて、思い出した。罠として置いていた黒天使に風の女神が抱擁をしていたことを。「…あの時か…ッ…」

ウィルル「先刻とは完全に立場が逆になってしまったわね。馬鹿な奴…。悪事を働くなら、コソコソと逃げ隠れて怯えながら過ごせばいいものを。まさか、再び私の従者に手を出すなんて」
フィアマンテ「黙れ…!神々の祖たるワタシに、言うに事欠いて逃げ隠れろだと…。その澄まし面、今にぐちゃぐちゃに引き裂いてやる…!」

ウィルル「…その身体では無理ね。終わりよ、フィアマンテ。人間を玩具として見てなかったが故に、相対した脅威を脅威と認識できなかった。それがオマエの敗因だわ」


ジュア人形「…遅れてごめんね。でも、本当にすごいよ貴方。まさか2人で、あのフィアマンテを追い詰めちゃうなんて…」 吸血鬼の肩に飛び乗り、やや興奮気味にジュア人形が話しかけてくる。アネモネはしばし見つめた後、ジュア人形を掴み。マリーの顔面に乗せた。

ジュア人形「ひゃあっ!?」

マリー「……ふかふかだ。何、遊んでいるんだ。彼女が驚いているだろう」 マリー呆れながら、抗議するようにジタバタ動いているジュア人形を丁寧に両手を抱いた。

アネモネ「先刻のそなたの顔が恐ろしくてなー。ああいう下衆に恨みでもあるのか?」

マリー「…。昔…」
その時、敗北したはずの蛇の女神の哄笑と共に、何かが砕け散った音が響き渡った。次の瞬間、溢れ出したものは、濁り、淀み、穢れ切った莫大の量の瘴気だ。フィアマンテが破壊したソレは触媒だった。永い年月をかけて蓄積された、ヒトの業と負の感情が今この時を以て解き放たれたのだ。

ウィルル「—————ッ!!」

ジュア人形「な、なに…?何が起こっているの!?」

アネモネ「…っ!」
空間がたわみ、衝撃に地表が鳴動する。再び浮遊した邪神の元へと、飛散した呪詛が収束していく。


暴走する光の放散が収まり、静寂の中、その中心に現れたものは、金色の翼と大蛇の尾を持つ、おぞましくも美しい1体の神性だった。先程まで負っていた筈の傷は癒え、かつて失われたであろう視力をも取り戻した、本来のフィアマンテの姿が其処には在った。
フィアマンテ「やはり、気分が良いものねぇ…。両の眼で視界を捉え、古傷の痛みに悩まされる事が無いというのは…」
強大な呪力と殺気を身に纏い、姦淫の邪神はウィルルの姿を睥睨する。それを風の女神は毅然と睨み返した。
フィアマンテ「うふふ…そう怖い顔で睨まないでよ。どのみち、今ここで続きをするつもりはないわ。今日は流石に血を流し過ぎた…。それにまだ、この取り戻した力の制御が効かない…。ついついやり過ぎてしまいそうだわ」

ウィルル「逃げるの?尻尾を巻いて…」
フィアマンテ「見逃してやる、と言っているのよ。痛み分け、ということで決着は次回に持ち越しましょう。オマエもせいぜい力を蓄えておくことね。今のそのちっぽけな姿では、戦いを成立させることすら難しい。蟻を潰してお終いにするのではつまらないもの」

ジュア人形(————あわわわ…もう地上に直接顕現して良いレベルの霊格じゃなくなってる…。ど、どどどどうしよう…!どうにかしないと…!でもどうすればー!)
動転し我を失っているジュア人形を尻目に、マリーは中空に浮かぶ邪神の姿を見上げた。その視線に気づき、フィアマンテもまたあなたの姿を視界に捉える。その爬虫類めいた瞳孔が、縦にうっすらと細まった。
フィアマンテ「…お前の顔、覚えておくわよ。正直、人間と思い侮っていた…。今日負った創の痛みは忘れないわ。次に遭う時は敵として、確実に嬲り殺してやる」

マリー「私は貴様を滅ぼして、忘れる」
姦淫の邪神は苛立った顔をしたが、すぐ無表情に変え。ウィルルに一瞥をくれ、フィアマンテは露のようにその場から姿を消し去った。去り際に突きつけられたその殺意に、マリーは一瞬、大地を飲み干す巨大な蛇の姿を幻視する。

ウィルル「成る程…とことんまでやろうって訳ね。上等、じゃない…—————…」
歯噛みしながらそう呟いた後、限界を迎えたのか、ウィルルは力尽きたように、その場に倒れ伏す。

ジュア人形「え…?ルルウィ…!ちょっと!ルルウィってば…!」

マリー「大丈夫だ。疲れたのだろう。私はレムリアを運ぶ。お前は…」

アネモネ「…ああ」

マリー「…?」 そういえば、様子がおかしい。いつもなら、強大な敵に啖呵を切り。率先して女性に親切するだろうに。別のことに意識が向いているかのように反応が薄い。

アネモネ「何をぼんやりしている。我の近くに来い。それとも、ここからルミエストまで歩き。乙女の柔肌を密接に堪能したいのか。変態め」 そう言い放つ吸血鬼の片手にはリコールルーンが握られており。それを使い、ウィルルたちが滞在している宿に移動するつもりのようだ。

マリー「私はただ…いや、今は口喧嘩している場合じゃないな」

 


ウィルルは白いシーツの上で、目を覚ます。覚醒は体に刻まれた鈍い痛いと共に…。しかし身体にくっきりと残された傷痕は、痛痒や怒りではなく、何より哀しみを想起させた。
ベッドから上体を起こしたウィルルは、ふと下肢に感じた軽い重みに気づく。看病のため寄り添ってくれたであろう黒天使の従者が、自身のひざ元に頭を傾け、可愛らしく寝息を立てていた。

アネモネ「愛らしいだろう。万全な状態ではないというのに、頑なにそなたを看たいと言ってな」

ウィルル「…世話になったわね…。まだちゃんと礼を言ってなかったでしょう。今回は本当に危なかった…。白状するけれど、今のフィアマンテはもう、私1人の手に負える相手じゃない」

アネモネ「人間の欲に天井などないからな。それを復活の力とした邪神すら、制御が効かぬ様子であった」

ウィルル「今回事なきを得たのは奇跡だわ…。次に戦えばどうなるか分からない。薄々嫌な予感はしていたの…。勝算もなく、奴が私に牙を剥くとは思えなかったから。…オマエを巻き込みたくなったという話は嘘じゃないのよ。結局、それすら叶わなかったけれど。ああ———…本当に、何をやっているのかしらね、私は…」
レムリア「すぅ…すぅ…」 重い空気に気づくこともなく眠り続ける黒天使に、ウィルルは微笑み。そして、再び哀しみを抱えた表情を浮かべる。

ウィルル「………。フィアマンテに弄ばれて殺された従者はね…。レムリアの血を分けた姉だったの。血縁者があんな無惨な最後を遂げたというのに、この子は地上までついてきて、私に尽くしてくれている…。フィアマンテと相対した時、きっと誰より恐かったでしょうに、こんな私の心配ばかりして…。分かっているのよ。私には彼女から敬愛させる資格なんてない。あの時も。今回だって————…違う、それすら誤魔化しよ。これまで何度も、何度も…。躓いてばかりで、正解と言える道を引き当てた方が少ないくらい…」(オマエが私と出会った事だって、きっと…)
言いかけた言葉を胸の内に飲み込み。黙り込んだウィルルの瞳から、一筋だけ大粒の涙が零れ落ちる。普段の彼女から想像もつかないような弱弱しい表情。抑えきれず、溢れ出したその感情の正体は、悔恨が慚愧か…。

アネモネ「だが、そなたは選んだのだろう。己の意思で。その結果は素晴らしい膝の上にある。それで良いではないか」

ウィルル「え…?でも」

アネモネ「あの気に食わん蛇のことか。ちょうど神殺しするつもりだったんだ。我がミンチにしてやるぞ」 傲慢なほど自信に満ちた吸血鬼の言葉は一切の嘘は無かった。

ウィルル「————…なによ、それ…。弱音を吐いている私が馬鹿みたいじゃない…」 彼女はくしゃりと崩れそうになる表情を押さえて、ほんの僅かだけ双眸を緩めた。「そんな事を言う愚か者は、流石に初めてだわ…」
苦笑交じりに付け加えられたウィルルの言葉に目をやると、彼女はすでに目蓋を閉じ、再び意識を落としている。

アネモネ「…」
吸血鬼はウィルルの背中を腕で抱く。僅かに開いた唇から鋭い牙が見え…彼女をベッドに横たえた後、シーツを掛け直し、ひとまず部屋を後にすることにした。

 


ずっと昔に今回のシナリオ元になったショウルームに行ったような気がするが…ほぼ覚えてないんだよな。多分、当時のフィアマンテが強くて、すぐ帰ったのだろう。

 

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