クレイモア吸血鬼の旅行記74


ラーネイレ「冒険者さん、近くに居るの…?」 そう呼びかけてみるが、聞こえるのは自分の声だけであった。(ああ…いつもの感覚だ…。頭が痛い…。目の前の景色が、ひどく遠い…)
夢うつつのなか足を踏み入れる、揺らぎの世界。これもひび割れた記憶が見せる、内と外の、自意識と現実の狭間なのだろうか。
ラーネイレ「ヴィンデールの景色によく似ている…。この道は…どこまで続いているのかしら…」
そこは光霞む森だった。硝子のように煌めくエーテルの粒子が舞い踊る、かつての故郷の風景だった。すでに失われ、存在しない筈のその場所を歩く。ただ、ひたすらに歩く。
ラーネイレ「————誰…?」 陰から視線を感じ、その方を見ると小さな人影が見えた。


謎の少女「…?…あなた…」
どこか懐かしさを覚えるその声は、まだ幼さを残す舌足らずなものだ。光霧にかすむ視界のせいでよくは見えないが、声の主はこちらの姿にひどく驚き、狼狽した様子だった。
謎の少女「ああ…そんな…。どうしてあなたが…。もっと、よく顔を…」
ラーネイレ「あの…」
謎の少女「———…いえ、そうなの…。良かった…あなたはまだ此処へ足を踏み入れるべき人間ではないのね。それならば、早く引き返しなさい。今ならまだ間に合う…」
ラーネイレ「引き返す…?だけど私にはもう道が分からないわ。どうやって此処へ来たかも、もう何も思い出すことが出来ない…」
謎の少女「…瞼を閉じて、ゆっくりと眼前の世界に意識を研ぎ澄ませてご覧なさい。暗闇の先に、一際強く輝く光が見えるでしょう。それに向かって歩くの。まっすぐに…。決してこちらを振り向いてはだめ」
ラーネイレ「光…」
ああ…そういえば、前にもこんな事があった。遥か遠くに聞こえる、私を呼ぶ声。その輝きを、温もりを失いたくなくて、私はいつの間にか手を伸ばしていた。


謎の少女「もう大丈夫…。二度とこんな所に迷い込んでは駄目よ。…愛しているわ、ラーネイレ」
最後の瞬間、背後から掛けられた優しげな声には、どこか寂しげな響きが宿っていた。その言葉に込められた意味を考える間もなく、私の意識は乱れ、溶けて…。そして、視界が白一色に染め上げられた————…

 


ラーネイレ「————…っ!? 私…」
目を開けて初めに感じたのは、沈むような体の重さだった。怠惰と閉塞感に飲み込まれかけた虚ろな視線を上げれば、そこには気遣わしげにこちらを覗き込むアネモネとエリザ…吸血鬼たちの姿がある。
アネモネ「目覚めたか。もう少し眠っていれば、王子様のキスを与えてやったのに、残念である」
エリザ「それは残念ですわね。私があなたに永遠の眠りを与えてやりましたのに」
アネモネ「は、はは… ラーネイレよ。気分はどうだ?何かおかしなところは無いか?」
ラーネイレ「…私、倒れて…。あれからずっと傍に付いていてくれたのね…。ありがとう…。だけど、この部屋は…?見たところ、人が住んでいた名残はあるようだけど…」 寝かされていたベッドはイエル技術を思わせる不思議な形で、長年放置させていたとは思えないほど清潔だ。部屋も奇妙な機械で散らかっているが、埃っぽさもない。
???「————此処は赤い空洞の更に下層。実験施設の真の最奥だ、エルフの末裔よ」
ラーネイレ「声…。一体どこから…」 声の主を探すように、左右に視線を動かしていると、呆れたような溜め息が聞こえた。


ラーネイレ「模型…いえ、培養層に浮かぶ臓器が直接、語りかけてきている?」
ユミルテミル「左様。私の名はユミルテミル。かつて、このネーロス採集場の所長を務めていた生化学者だ。美しいエルフの末裔よ、私がお前たちをこの工房に招き入れた。何せ君は、端から見ても随分と危険な容態だったのでな…」
ラーネイレ「採集場の生化学者…。———…お心遣い、感謝します。では、あなたはその姿のまま、この地の底で生き続けたというのですか。前期文明から現在に至るまで…たった1人で」
ユミルテミル「私は君らのように長寿な種族ではなかったのでね。そもそも肉体の方は寿命を持たず朽ち果ててしまったよ。君が身を以て体験した通り、この洞は本来、ヒトの住める環境ではないのだから」
ラーネイレ「心当たりがあります…。この遺跡に入ってから、急に体が重くなって全身に痛みと熱が走るような感覚が続いていた、地下に降り進めば進むほど、症状はより強く…」


ユミルテミル「多くの種がメシェーラに依存し共生関係にある中で、ヴィンデールの末裔だけが未だこの星本来の生態系の在り方を体現していた。器にメシェーラを飼う者にとって、もはやかの病原体は害毒ではない。その抗毒素たるエーテルこそが、死をもたらす破滅に他ならないのだ」
ラーネイレ「それは…理解しています。痛いほどに…」
ユミルテミル「地上で今、何が起こっているのか…。彼らから大よその事情は聞かされたよ。嘆かわしいことだ…。星の息吹たるヴィンデールを自らの手で燃やし尽くし、あまつさえ、人類の存亡を盾にレム・イドの再生を果たそうと画策する者もいる…。世界は再び滅びへの道を歩み始めたのだな…」
ラーネイレ「何か、手立てはないのですか。滅びゆくシエラ・テールの最後の時を、ただ座して待つというのはあまりにも…」
ユミルテミル「ヴィンデールの系譜を継ぐ者と、常闇の眼の継承者が揃ってこの場に居合わせるとは、なんとも皮肉な運命の巡り合わせだ。今、君の身体には、メシェーラに対する抗体が定着しつつある。かつて、エーテルの採集を生業としていた者が接種していた薬剤を、私が改良したものだ。
メシェーラ…。今なお大地を蝕む寄生体は、「星の収穫」の更なる効率化を求めて人工的に創出された…。歴史の闇として隠匿された忘却の時代、ナーク・ドマーラにおいて、ある生化学者があの破壊の種子を生み出してしまったのだ」
ラーネイレ「…その人物は、今どこに?」
ユミルテミル「今も遺跡の奥底で、1人孤独に研究を続けているよ…。志を同じくした仲間を失い、すでに肉体は朽ち果て、腐りかけた脳と薄れゆく自我の境界をたゆたいながら…」
ラーネイレ「————…」


ユミルテミル「妄執に取り憑かれた男は、自らが生み出した厄災を駆逐することに躍起になった。…しかし、実験を繰り返す内に気づいてしまったのだ。この星の生命はやがて、メシェーラに順応し、変貌すると。有り得ない話ではなかった。そしてそれは絶望的な事実だった。メシェーラは…星を喰らう災厄は、いつしか人間の内に宿り、我々そのものへと形を変えていたのだから
星の息吹を受け付けぬヒトという種に、遠からず未来はない…。私の半生は、エーテルに代わる人体に無毒なメシェーラ抗体の生成に費やされたようなものだが、結局は現実を思い知らされるだけだった。今や、メシェーラは我らの根乾を為すほどに内部へと深く根ざしている。環境からのメシェーラの消滅は、すなわち人類の絶滅と同義と言えるだろう」
ラーネイレ「……。では、シエラ・テールを救おうという行為そのものが無意味だと?私たち人が世界の異端であることを認め、星の崩壊を受け入れよ、とあなたはそう言いたいのですか」
ユミルテミル「…あるいは、世界の終末を止めること自体は可能かもしれない。かつてのレム・イドがそうであったように…。しかし、そこにヒトの居場所は存在しないだろう。そのような救済に、一体如何ほどの価値がある。多くの者にとってその意味するところは無為の死だ。ヒトは、結局のところ、己の存在によってしか世界を定義することが出来ないのだから」
アネモネ(…それが人間が選んだことだ。尽きることない欲に滅ぶ。…この苛立ちはなんだ?) 何か既視感があるような…だが、深い霧に覆われたように、朧気に思い浮かぶ以上のことがわからない。吸血鬼の紫の目は一瞬、赤く染まった。
エリザ「あなた…変ですわよ。元からおかしいですけど、ラーネイレさんが倒れた時から更におかしいアホになっていますわ」 倒れたラーネイレを何か怯えるような目で見つめ。腕の中で苦しんでいる彼女に噛みつこうと、大きく口を開いていた姿を思い出す。いつもの吸血鬼らしくない行動だった。
アネモネ「ひどい言われようである…」
エリザ「私に話してないこと…ううん、話す気がないことが多いんでしょうけど…少しは、甘えて欲しいですわ」 少女は吸血鬼を見つめる。どこか寂しげに、けれど真っ直ぐ強く見つめる。しばしの沈黙の後、吸血鬼は静かに笑みを浮かべた。
アネモネ「…長くなるぞ」
エリザ「いいですわよ」
アネモネ「膝枕してほしいのである」
エリザ「そ、それは…していいですわよ」
アネモネ「夜明けまで抱いて…ぬわっ!?いたたたたた」 ぐいぐいと、顔を赤くした少女が吸血鬼の頬を引っぱる。
エリザ「あまり調子に乗らないでく・だ・さ・る…!」
アネモネ「いくらでも甘えてもいいと言ったではないかー」

 


ラーネイレ(3年前も、今も、振り返ることなく道を走り続けてきた…自分に何かが出来ると、誰かを救うことが出来ると信じて…一度でも後ろを省みてしまえば、そこから先にはもう、一歩も前に進めなくなると知っていたから… だけど、今度は————今度こそは、もう…)
ユミルテミル「…君の待つその短刀、古いがよく手入れが行き届いている。大切なものなのかね」
ラーネイレ「…名も顔も知らぬ母から受け継いだものです…。赤子だった頃の私は、唯一残されたこの母との繋がりを決して手離そうとはしなかった。それは今でも…。道に迷いかけた時、私は無意識の内にこの刀の鞘に手を触れてしまう…」
ユミルテミル「母君の形見であったか。…?その刀身は…。まさか。エーテルで精錬されたものなのか…?」
ラーネイレ「…?え、ええ。ですが、私たちエレアにとって、特に害になるようなものではありません。これは代々の森の巫女が受け継ぐ儀式的な意味合いを含んだ武具ですから」
生化学者は考え込むようにしばし沈黙し…その結論をエレアの少女に告げる。
ユミルテミル「…今、君の中には抗体が誘導した免疫寛容によって、多くのメシェーラ菌が息づいている。通常の人間と何ら変わらず…。結晶化した高濃度のエーテルに生身で触れて無事に済む筈がない」
ラーネイレ「? ですが現に…」
ユミルテミル「…どうやら、幾百年と続く歴史の営みを経て、私にも知り得ぬ変化が、ヒトという種の中に起きたらしい。前言を撤回しよう、ヴィンデールの巫女よ。世界の破滅を向き合い、その歩みを塞がんと欲するなら、君はまず”ナークの太陽”を目指す必要がある」
ラーネイレ「どういう、ことですか…」
ユミルテミル「賭ける価値がある、ということだ。度重なる地殻変動によって、すでに本来の座標は失われているが、彼の地の深淵に至ることで君は絶望と希望の”蓋”を目にするだろう。あるいはそれは、このシエル・テールに一条の光明をもたらすきっかけになるやもしれん。くくッ…」
愉快そうな声が響く。表情を作る顔があったら、マッドサイエンティストのような笑みを作っていただろう。
ユミルテミル「永く生きてみるものだ。よもや寿命の尽きかけたこの器な躯が、再び世界の転機に立ち会えようとは…見届けさせて貰おう。遥かレム・イドの時代から続く物語の終焉を。奇跡の森の巫女よ、自らの信ずる道を赴くままに進むがいい。その行く先は常闇に光る眼が照らすだろう…歴史が…再び巡り始めたのだ————…」


宵闇に浮かぶ月が、暗く澄んだ大洋の海面を照らし出していた。ユミルテミルの手引きで簡素な渡航船を手に入れた吸血鬼たちは、外で待つロミアスと連れ立ち、漂流した浜辺から夜明けを待たずに出帆した。
…その島はサウスティリスの南東、港町トーマットの近海に横たわる孤島群の一つで、位置さえ掴めれば人里へと戻ることはそう難しくない距離にあった。この時刻、月の導きに従い潮流に乗れば、程なくして海路へと帰還することが可能だろう。
ラーネイレ「スターシャ陛下に掛け合って、早急に情報を集める必要があるわ。もう、ロスリア使節団の報国まで間がない。式典が始まってしまえば、私たちも自由に動くことが難しくなる…」
ロミアス「気がかりな知らせはもう一つある。ヴェセルからの又聞きではあるが、暗殺ギルドの一件から、どうもロスリアの動きがきな臭い。パルミア内部へと定期的に密偵を放っては、ノースティリスの地形とネフィア群の位置関係について嗅ぎ回っているらしい」
ラーネイレ「ロスリアが…?」
ロミアス「あるいはヴァリウスは、この件に関してもすでに何らかの確信を得ているのかもしれない。忘れた訳ではないだろう。このシエラ・テールにおいて、エーテルとメシェーラの真実に最も近づいているのはあの男だ」
ラーネイレ「…彼と接触することで、ナーク・ヴァーラに関する手がかりを掴む事ができると?」
ロミアス「あくまでも可能性の話、だがな」
それきり無言で海を見据えるロミアスに、ラーネイレもまた何か思案するように口を噤んだ。夕凪が少女の蒼く美しい髪を流し、揺らす。
一瞬…。ほんの僅か一瞬だけ、彼女の瞳に迷いのようなものが浮かぶ。どこか思い詰めた表情でアネモネを見つめたラーネイレは、しかし最後まで口を開こうとはしなかった。
アネモネ(…それぞれ何か為そうと考え、決意を抱いた顔をしている。素晴らしいな、”生きた”目をした者は)
ポート・カプールで見た夢でラーネイレのことを思い出してから、世界の危機となる数々の事件が起こり、多くの人間と関わり、生きていたラーネイレとの再会。飽きることない愉快痛快な日々…けれど、この世界はどこかおかしいと気付いている。まるで夢のような…有り得ない事ばかり起こっている。
アネモネ(夢だとしても、我は気に入っているのだ。彼女たちを深く知れた世界をな。…探すか、ナーク・ヴァーラを)

 

ここのイベントシーン長いので、ある程度カットするべきか。と、考えたが…ノヴィスワールドメインストーリーの重要なところだと思ったのでほぼ書くことにした。資料館の2部設定をわりとシナリオに組み込んでいるようだが、ラーさんと青い奴の関係をどう決着させるのか気になるね。