クレイモア吸血鬼の旅行記72


???「————…さん…」
アネモネ「うう…ん…エリ…サ……ミナ……マリ」
???「冒………さん…っ」
アネモネ「……人間が………空中でもう一度ジャンプできるわけないだろう……非常識め……」
ラーネイレ「しっかりして…っ———冒険者さん…っ!」
アネモネ「…っ! ……ラーネイレ?ここは…?確か海に落ちて…」
ラーネイレ「…!良かった…目を開けてくれて…。このままあなたが目を覚まさないじゃないかって…私…」 彼女の声は少し震えており、まだ不安そうに吸血鬼のことを見つめていた。
アネモネ「安心せよ。我は不死身だ。そして、強運だ。船が壊れて海に落ちても、こうして無事でおるほどにな。ふははははははっ!…そなたも、だが」
ラーネイレ「うふふ…そうね。本当に良かったわ。傍に倒れていたあなたが息をしていなかったから私…その……い、いえ…何でもないわ」 エレアの少女は頬を赤く染めて、自身の口元に手を触れている。「それにしても、ここは何処なのかしら…。砂浜なんて、ティリスではあまり馴染みのない景色だけれど…」
アネモネ「我もわからぬな。それなりに様々な地を歩き回ったが、見覚えがない……ふ、ふふふ、迎えに…いや、少し周囲を探索してくる」
ラーネイレ「え…もう動けるの?そう、ね…。分かったわ、手分けして近辺の地形を探ってみましょう」

 


砂浜から陸地へ続く崖を昇っていくと、見慣れた顔ぶれが見え。吸血鬼は嬉しそうに目を細めた。
ドラクル「お嬢様。ご足労いただき、申し訳ありません。すぐには動けない状況になってしまいまして…」
エリザ「あなた…無事でしたのね。べ、別にそんなことわかっていましたわよ。心配なんて……う、ぷ……」 少女は真っ青な顔色でうずくまっている。
ジル「ま、まふしゅた~ ふひ、ひひひひ…あれ?周りがぐるぐるしして…マスターのところに歩け……ふえ、うえええええっ!」 少年はふらふらとした足取りで吸血鬼のもとへ行こうとして、転んでしまった。
アネモネ「皆、大丈夫…ではないな。何が起こったのだ?」 ジルを抱き起しながら、吸血鬼はいつもどおりの老紳士にそう尋ねた。
ドラクル「嵐の時、このままでは船と共に沈んでしまう緊急事態でしたので…海の上を走りながら、エリザさんとジルさんが眠っていられている箱をここまで投げ飛ばしました。それで激しく回転したらしく、お二人とも気分が悪くなってしまったのです」
アネモネ「…?すまん、もう少し説明してくれぬか」
ドラクル「おや、失礼しました。ルルウィの憑依を身に宿し、全力で走れば、海に足が沈む前に先へ進むことができるのです。箱を投げながら陸地が見えるまで移動するのは、なかなか大変でございましたね」
アネモネ「それは…見たかったであるな」 非常識な動きを想像し…吸血鬼は何か既視感を覚えたが、それがなんなのかわからなかった。「ふふふ…ははははは。そのようなことが出来るとは、さすが我が下僕よ。そうだ、褒美をやろう。望みを言うがよい」
ドラクル「いえいえ、普段はそんなことはできませんよ。火事場の馬鹿力です。…望みでございますか、そうですね———」
エリザ「……呑気なことを…おっしゃらないで…くだ、さる……あんな目に遭うのは、うううっ……」
???「…うぅ…」
アネモネ「ぬ?」 少女とは異なる低い男の呻き声が聞こえた方を見ると、木陰に見覚えがある緑のエレアが倒れ込んでいる。瞬時にどうでもいいと思ったが…「一応、ラーネイレに知らせておくか」

 

ラーネイレ「ロミアス!あなた、無事だったのね…!姿が見えないから心配したわ。目立った怪我がなくて安————」

ラーネイレ「————し、ん…………え?」
ロミアス?「どうしたことだ。自分の名前以外、全く何も思い出せない!頭の中が真っ白だ。きっと僕は、彼方海の向こうに、過去の記憶を置き去りにしてしまったのだろう!」 まるで悲劇の主人公のように頭を抱えるロミアス。
ラーネイレ「ろ、ロミアス…?」
アネモネ「彼女が困っているであろう。冗談もそろそろ…」
ロミアス?「だがこんなことで挫けてはいられないな…。やあ、エレアのお嬢さん、あなたも嵐に巻き込まれた漂流者ですか?初対面ではありますが同じ境遇、同じ種族の者どうし、互いを信じ合い、手を取り合ってこの難局を乗り切りましょう!」 満面の笑みでそう告げる彼の目は真っ直ぐ綺麗であった。気持ち悪いほどに。
ラーネイレ「 」 エレアの少女は二の句を告げず凍り付いた、…どうやら相当に頭の打ち所が悪かったようだ。ロミアスの人格はすでに別物へと変貌していた。
アネモネ「…ラーネイレよ、疲れたであろう。休むとよい……アレは…まあ。我らがなんとかしよう」


エリザ「記憶が無くなるなんて…どうしたらいいのかしら?」
ジル「同じ目に遭うと戻るといいます。海に沈めましょう!」
ドラクル「岩礁に頭を打ち付けたのかもしれません。そちらもやりましょうか」
エリザ「や・め・て、くださる!もっと穏やかな方法を探してちょうだい。思い出の品で記憶が蘇る物語を読んだことがありますわ。私、ラーネイレさんからお話を聞いてきます。その間に変なことをしたら…首をちょん切りますわよ」 半眼で首狩りエンチャントが付いた短剣を見せながら、エリザはまだショックで青ざめているラーネイレのもとへ向かった。
アネモネ「……そういえば、探索中に手に入れた本があったな。魔力を宿しているが、まだ効果を試して…うむ、実験台になってもらうか」 少女の言葉など欠片も気にしてない様子で、吸血鬼は荷物から怪しげな本を取り出した。


ロミアス「………。……………。…………………!?っぐわあああああ…。………。うぅ…私———」
アネモネ「ほう?」 吸血鬼は意外そうに緑のエレアの様子を見つめる。
ロミアス「僕、は…。こんにちは!ぼくロミアス、5さい!」 裏声のような高い声で元気よく挨拶し、無邪気な笑顔を浮かべる緑のエレア。あきらかに悪化していた。
ジル「はわわっ!怖いですです!」
アネモネ「<忘却の書>…タイトルで効果は予測できたが、ここまで退化するとは…なるほど。さて、催眠術で過去の記憶を呼びかける。というのがあったな」 吸血鬼は昔気まぐれに購入した催眠術セットを荷物から取り出す。
アネモネ「ほーれ。段々眠くなーる…永眠したくなーる…」
ロミアス「あ、どんどんまぶたが重く…眠くなって……いえ、永眠しません」
アネモネ「昔のことを我に教え…いや、貴様の過去など興味ないなー ラーネイレに関することを我に教えるのだ」
ロミアス「うう…。私は…そうだ、幼少の頃、里の仲間を引き連れて誰かの水浴びを覗きに行ったことがある…。あれは…そう、たしかラーネイ————…」
ラーネイレ「———あれはあなた達だったのね、ロミアス」
エリザ「あなた、何していますの…」
アネモネ・ロミアス「「ひぃ」」 はじめてロミアスと息が合った瞬間であった。

 


昔作ったことがあるラーネイレの手料理の再現にエリザが手伝ったり、アネモネがまたふざけて死体や途方もない金塊を渡したり…と、色々とあったが。現在、見せられているものを怪訝そうに見つめるロミアスは彼らしい雰囲気が戻っていた。
ラーネイレ「ろ、ロミアス…?記憶が戻ったの…?」
ロミアス「…?何を言っている。しかもなんだ、その手に持った物騒な品の数々は。もうそんな玩具で遊ぶ歳でもないだろうに。君はもう少し慎ましさというもの身につけるべきだな、ラーネイレ」
ラーネイレ「ああ、この独特な物言い…。やはりこれでこそロミアスだわ」
ロミアス「な…なんだ、その慈しむような眼差しは。一体、どういう事か説明して貰おうか」
アネモネ「とても愉快になっていたぞ。じっくり精細を聞かせてやろう」
エリザ「黙って。あなた、今回真面目にやってないでしょう」

 


エリザ「まあ、綺麗な泉…」
アネモネ「水浴びしたいなら、するといい。いまだここはどこなのか不明で、人里も見つかっておらぬ。休めそうな時に休息せよ」
エリザ「それもそうですけど…あなたが見ているところで入りませんわよ。ラーネイレさん、ばかを置いて向こうで話しましょう」 そうエレアの少女の腕を取り、エリザは離れた場所へ移動していった。たぶん、いつ水浴びするか相談しているのだろう。
アネモネ「ふ…ラーネイレを奪われてしまった。まさかライバルであるか」
ドラクル「ところでお嬢様。ご褒美の望みをまだ言ってないのですが、今お話をしてよろしいでしょうか?」
アネモネ「ああ、よいぞー」
ドラクル「それでは…お召し物もお身体も、海水で汚れてしまったでしょう。ですから、髪の毛一本一本、爪の隙間までお嬢様の身支度をしたいのです」
アネモネ「い、今か?」 へらへらと笑っていた吸血鬼はどこか焦った様子で老紳士を見つめる。心なしか、少しずつ離れている。「そなたの手入れは丁寧で素晴らしいと思うが…今はその、じっくり時間をかけている余裕はないと思うのだが」
ドラクル「ご安心ください。お嬢様の休める時に休む…という時間までには終わらせますので」 いつの間にか距離を詰められ、穏やかな笑みを浮かべた老紳士が目の前が立っている。
アネモネ(ぬわーーーーっ!!) 吸血鬼は声なき悲鳴を上げた。

 


アネモネ(はぁ…すっかり夜も深い。ドラクルは良い仕事をするが、やはり長すぎである)
ざらつくこともなく首元を撫でる艶やかな髪、甘やかな匂いがする柔らかな肌。清潔で触り心地が良い衣服は確かにベタベタしているより気分が良い。しかし、その間は自由に動けないのは吸血鬼にとっては疲れることであった。ジルもドレスや髪が汚れて困っているだろうと、話を振らなければ。いまだに”身支度”は終わってなかっただろう。
アネモネ(エリザもラーネイレも、この時間ではもう寝てしまって……ぬ?)
闇の中でゆらゆら揺れる小さな炎が見える。それはランプの光だ。それを片手に歩くのは薄着を肌蹴ながらそそくさと辺りを伺っているラーネイレであった。
ラーネイレ「良かった、迷わずに来れて…。誰も居ない…わよね。今なら、まだアネモネさんは拘束されているからとエリザさんが言っていたけど…どういう事なのかしら?とにかく、水浴びを済ませてしまわないと」
アネモネ「…」 己の運の良さに吸血鬼は笑む。だが、近くでエリザが監視しているかもしれない。頭の中に、覗くか、怒られるから止める、という天秤が思い浮かんだが…即座に”覗く”へ傾いた。


肩や胸に掬った流水を伝わせながら、ラーネイレは小さく息を吐いた。白磁のような肌が冷気に触れ、滴を滴らせながらぴくりと震える。
ラーネイレ「冒険者さんは…気にする訳ないわよね。私の身なりなんて…」 (洗濯した服が乾くまで待たずに先に水浴びしていい、替えの服を貸してくれるとエリザさんはそう言ってくれたけど、一時的でも華やかなドレスを着るのが恥ずかしくて断ってしまった。そんな風にためらってばかりだから、女性らしいお洒落ができないのかしら…?私って、冒険者さんにどんな風に見られて…)
ラーネイレ「よく、分からないわ…。こういう事は。……っ!?」
どこからか羽音が響き。驚いたラーネイレが聞こえた方を見ると一匹の蝙蝠が飛んでいく姿が見えた。一瞬、モンスターの襲撃だと思った彼女は安堵したが…もう一匹蝙蝠が居ることに気づき見ていると、二匹は絡み合うように旋回し、暗闇の中へ消えていった。
ラーネイレ「なんだったのかしら…?」

 

~翌朝~

アネモネ「他に手掛かりがない以上、この遺跡を探索するしか……いたたた」 痛そうに顔をしかめる吸血鬼。その顔には爪でひっかかれたような傷があった。
ラーネイレ「大丈夫?回復魔法を…」
エリザ「ご安心を。それが薬ですの」 少女はやけに冷たい視線を吸血鬼に向けていた。
ラーネイレ「?」
アネモネ「は、ははは…散歩していたら、蝙蝠にじゃれつかれてな。大した傷ではない、気にしないでくれ。…さあ、この謎だらけの地から脱出する術を探すぞー」