クレイモア吸血鬼の旅行記53


鉄の身体と鈍色の心臓。偽りの命と循環する電脳。
機械仕掛けの家族たちが、はしゃぐように私の周りを跳ね回る…。
くるくる…。
くるくる…。
変わることなく…。
この心が、愛しさすら感じることの出来ない造り物の器だったなら、
それはどれだけ私に救いをもたらしただろう。
私の胸に宿る寂寥も、恐怖も、全てが紛い物であってくれたなら、それはきっと…

「ようやく来てくれた…。私たちに”終わり”をくれる人…」

ーーーー私はあなたと出会うのを、生まれる前から待ち焦がれた…。

 


『マニマニ!』
エリザ「きゃ!?びっくりしましたわ…」
部屋に踏み入れると、それを待ち構えていたかのように物陰から不恰好な人型が飛び出してきた。帽子をかぶった、妙に愛嬌のある機械人形。四体いる彼らは吸血鬼たちの周囲を取り囲むと、嬉しそうにぎこちない踊りを始めた。
ジル「僕の魔法でビリビリしてやろうと思ったですけど、へーんなダンスをしているだけですね」
アネモネ「面白い余興だが、こやつらは一体?」(できるなら分解してみたいが)
イリス「? あぁ…彼らは主に私のサポートや身の回りの世話をしてくれるレプリロイドです。機械神マニの姿形を模倣したデザインなんだそうですよ。ほら、皆。お客様にご挨拶は?」
マニ・レプリカ『ニンゲン、ニンゲン。カンゲイ!カンゲイ!』
アネモネ「機械の神とは、このような姿であったか… ふ、ふふふふふふふっ」
エリザ「思いっきり笑っていますけど。あなた、知ってるでしょう?」
イリス「…可愛いですよね?遺跡を出る事を許されなかった私にとって、長年話し相手になってくれた彼らは弟達のような存在なんです。単にプログラムのルーチンによって組まれた行動を取っているだけなのか…。私を本気で慕ってくれているのか…。それは、私にも分かりませんけど…」
微かに憂いを帯びた瞳で顔を伏せるイリスの姿に気付くと、機械人形たちは今度はそちらを気遣うように、トテトテと彼女に向かって近づいていく。
マニ・レプリカ『イリス、ドウシタ。元気ダス、元気ダス』
イリス「…ううん、何でもないのよ。ありがとう、みんな…」
表情の見えない彼らの身体を抱きしめながら、イリスは哀しげな笑みを浮かべた…


イリス「地上ではゼイレン滅亡の原因が、機械神マニの裁きによるものだと伝われているようですが、事実はソレと異なります。都市電脳を司り、自律意思を備えたゼイレン破壊兵器の最終兵器…ーーーー《プロトウティマ》によって滅びたのです。ゼイレンの人々は、自らの被造物の怒りに触れ、神に為らんとした驕りを断罪された」
アネモネ「そなたは…人に見えるが」
イリス「昔は人だったんですよ。ほら、私の手の平に触れて見て下さい。少しも温かくはないでしょう?この身体にはもう、一滴の血潮も流れてはいないから…」
アネモネ「綺麗な手であるな」*すべすべなでなで*
イリス「あ、あのー…?」
エリザ「困ってるじゃないですのー!」
アネモネ「ぬわーっ!?」 吸血鬼は少女にむにっと、ほっぺたを引っぱられた。
イリス「ええと、今現在。起こっている状況を話しますね」


イリス「《プロトウティマ》がもしも地上に現出してしまえば、ティリス全土を火の海にするまで決して止まることはないでしょう。アネモネさん、冒険者であるあなたに私からお願いがあります。私とともに遺跡の深奥へと向かい、あの子を説得しては貰えませんか?全てが手遅れになる前に…」
アネモネ「…わかった。美人のお願いなら断る理由はないのである」
イリス「…! …ありがとうございます。やはりアネモネさんを信じて、全てを打ち明けて良かった…。ゼイレンの中枢部に続くエレベーターへご案内します。私に付いてきて下さい」
マニ・レプリカ『マニマニ!イリス、友達ガ出来テ嬉シソウ!イリスノ笑顔ヲ見タノ、久シブリ!』
イリス(…!? 私、笑っていたの?)
気づいてなかった自分の変化に機械少女は、鉛の心臓が打つ音を聞いた気がした。

 

~エレベーター内~

イリス「---だけどね、冒険者さん…。私、思うんです。例えどんな理由があっても…それが世界を救いたいという純粋な願いであっても…。そのために誰かの命を踏みにじったり、誰かの幸せを壊すなんて、絶対にしてはいけないことなんだって…。そんな権利、きっと神様にだって有りはしない…。だけど素直すぎるあの子は、それにどうしても気づけないの…」
アネモネ「…」(神にも…か。確かにそうであるな)
イリス「何もかもが消えて、荒野になった世界…。そんな場所に救いなんて有る筈ないのに……ごめんなさい、変な話をしてしまって… あ…そうだ。もし良ければ…外の世界のことを少しだけ教えてもらえませんか?私、ずっと憧れていたんです…。一度で良いから青空の下で、胸いっぱいに空気を吸い込んでみたかった…」
まだ見ぬ世界に思いを馳せ、イリスは夢見るように遠慮がちな声音で紡ぐ。
生を受けてから今まで、機械都市という鳥籠で暮らし続けてきた少女にとって、モニター越しに映る世界と空は、憧れであり唯一ともいえる希望だった。その、常に憂いを帯びた深緑の瞳に、一瞬だけ外見相応の熱がこもる。
アネモネ(…美しい、であるな)
イリス「煌めく星に、流れる雲…。さざ凪ぐ草原に、果てしない海…。外の世界は、私には想像も出来ないくらい広いんでしょう?」
アネモネ「ああ、広いぞ。少々旅行に出かけたが、まだまだ行ってない場所が多いであるな」
イリス「羨ましいです、冒険者さん…。あなたのその眼差しは、私の知らない景色を、そこに生きる人々の営みを、今までたくさん映してきた筈だから…」
アネモネ「なら、イリス。全てが終わったら、そなたも我らと共に遺跡を出ぬか?」
イリス「私が、ですか?え…えぇ…っ!?だけど…あの…でも」
これ以上ないほど大きく目を見開くと、イリスはしどろもどろと、まるで言い訳でもするかのように押し黙った。後ろ手で腕を組みながら、動悸する胸の鼓動を自覚して…
イリス「…冒険者さん…!」
やがて彼女は顔を上げると、意を決してあなたの方へと向き直る。
イリス「外の世界に、甘くて美味しい食べ物はありますか?」
アネモネ「ふむ。様々な種類があるぞ。手軽に食べれる甘いものと言ったら… バナナが良いであるな」
イリス「初めて聞く物です。是非、食べてみたいですね。…プチって、触れてみたら一体どんな触り心地なんでしょう?」
エリザ「ぷにっとしてて、柔らかいですわね。実際に触った方がわかると思いますわよ」
イリス「わぁ、触りたい… このティリスに、一年中雪が降り積もる平原があるというのは本当ですか?」
ドラクル「はい。ここから北へ向かっていくと雪原がございますね。その東を行くと12月には聖夜祭で賑わう街があります」
イリス「雪の中に街があるんですか?祭…って、どんな感じなんでしょう?それからそれから」
ジル「あ、あの。僕も、もっと聞きたいことがあるなら答えるのですです」
イリス「ありがとうございます…! 次はですね」
頬を紅潮させ、顔を綻ばせ、ゼイレンの少女はこれまで胸にしまい込んでいた様々な想いを口にする。その瞳は玩具の箱から自らの宝箱を取り出す子供のように、どこまでも透明に輝いていた。
イリス「外の世界で生きる…。私が…。そんなこと、考えたこともなかった…」
純粋すぎるその言葉が、幸せそうに解けたその笑顔が、それ自体、何故かとても哀しく見えた。


アネモネ「これは素晴らしいであるな。天に届きそうな塔…いや、高層ビルであったか。先が見えぬほどの高さだというのに。この上層には先ほど我らがいた部屋があるというのだから、不思議なものだ」
イリス「この都市は《プロトウティマ》によって一度破壊されたゼイレンの景観が、自動修復機能によって再現されたものなんです。…データ化された設計図をもとに、主が消えた抜け殻の町が永遠に老朽と再生を繰り返しているだけ…。レプリロイドたちを連れてこの辺りをよく散歩していましたね。この居住スペースにはおよそ一千万の人々が生活していましたから…意外に見るものは多いんですよ?」
ドラクル「どこからか機械が稼働している音が聞こえますね」
イリス「どうやらゼイレン内の食料物資を配給するための施設がまだ生きているようですね。お腹は空いていませんか?冒険者さん。せっかくですからここで食事するのもいいかもしれませんね」


イリス「ありました。このペースト状のーーー…?おかしいな…原材料がデータベースに載っていないみたいです。何かのお肉でしょうか?食べても危険はないようですけど…」
アネモネ「問題ない。美味しく食べさせてもらうとしよう」
エリザ「私は遠慮しておきますわ…」
アネモネ「エリザ”も”平気であろう?」
エリザ「そうですけど、あまり進んで食べようと思わないですわ」


アネモネ「おお!数分でこんな高いところに行けるとは、この中枢区へ向かうエレベーターでも思ったが。改築予定の我が城にも欲しいであるな~」
エリザ「どれだけ城を大きくするつもりですの…?」
イリス「あ…。私が生まれた研究所もよく見えますね。今はもう、無人の廃墟になっていますけど…。生体のアーティファクト化による永遠の生命の実現…。私の両親は科学者でした。私は二人の娘であり、同時に被験体でもあったんです」
エリザ「自分の子供を…!?」
イリス「…私のメモリーの中の彼らは、とても優しい顔で笑うんです。”お前は幸せな子だよ”って…。”全てのゼイレンの民に先駆けて永遠の命を手に入れた新人類”それが私なんだって。人々は、両親の所業を狂気の沙汰だと忌避しました。ですが、私には未だによく分かりません…。例え歪んだ形なのだとしても、この身体が二人の愛の結実によるものなのだとしたら。そして二人の愛によって、私が今もこうして生き永らえているのだとしたら…。私はーーーー…」
アネモネ「……ところで、依頼の報酬を決めておるのか?」
イリス「え?あ…すいません。皆さんと話していて、驚くことばかりで… まだ考えてないんです」
アネモネ「なら、パンティーをくれ
イリス「し、下着ですか?どうして冒険者さんがそんなものを欲しがるのですか?」
エリザ「なんてことを…むぐっ!?」 大きく口が開いた隙に、吸血鬼は先ほどの”何か”の肉を少女に食べさせた。
アネモネ「イリス、知っておるか?依頼内容に応じた物を用意するのが世のルールである。そして、パンティーは今回の依頼に相当する報酬なのだ!」
イリス「そうなんですか?それじゃあ、別に恥ずかしいことじゃないんだ。ごめんなさい、冒険者さん。私ったら常識知らずで…。ど、どうぞ…。うぅ…なんだか落ち着かない…」
アネモネ「ふ」(今夜は眠れないな)
機械少女は恥ずかしそうに、替えを履いてきますと去っていった。

エリザ「もぐもぐ…ですわ。で、私がそれを許すとでも?」
アネモネ「エリザ、落ち着け。我は空気を変えてやろうと…ぬわあああああああっ!?」
パンティーは没収されました…

 


アネモネ「これは…」
イリスとの会話を楽しみつつ、先を進む一行だったが… 通路のハッチが次々と開き、行く手を阻むように様々な重火器が掃射される。硝煙の中から浮かび上がったのは、いつかの黒い城の中で遭遇した破壊兵器の群れだった
イリス「UTM-102…。まだこれほどの数が残っていたなんて…」
吸血鬼たちを取り囲み、一斉にその銃口をこちらへと向けている。武器を取ろうとするあなたを手で制しながら、イリスは意を決したように、敢然と破壊兵器たちの前に立ち塞がった。
イリス「…ッ…区画の指揮系統AIにハッキングをかけました。これで、自律駆動する個体以外はこの場に釘付けることが出来る筈です。多分、長くは持ちません。冒険者さん、あなたは先に進んでください。あの子を…プロトウティマをよろしくお願いします…」
アネモネ「そなたは…いや、ここは任せた。下僕共よ。行くぞ!」


ゼイレン動力部中枢…巨大な統括ジェネレータを有する、まさに機械都市の心臓と言えるその場所に、『ソレ』は在った。灼け付くように吹き荒れる熱気と、けたたましい警報が鳴り響く中…。幾千ものコードに繋がれ、破壊兵器は胎動と不気味な沈黙を保っている。
栄光の果て…。ヒトがその手で作りだした人造の巨神。その姿は、玉座に収まる剥き出しの甲冑を思わせた。

アネモネ「…聞こえるか?イリスが貴様を心配してたぞ」
プロトウティマ力場による遺跡の浮上を確認…。ティリス大陸、北岸地域を消去可能…。これより、最終段階に移行する』
頭上から重圧を纏った声が降り注ぐ。マナ流動による閃光と共に、巨大な腕が電子配線を引きちぎり、明滅する視覚モニタがあなたの姿を悠然と捉えた。
プロトウティマ大いなる黄昏の中、ワタシは浅き眠りの中で夢を見ていた…。ゼイレンの消滅とその種がイルヴァの地に根付く様を…。しかし、悠久の時が過ぎた今、その全ては無駄になったようだ。再生の森は死に絶え、大地はメシェーラの脅威に悲鳴を上げている
可変する砲門が吸血鬼たちへと向けられる。
プロトウティマ『偽りの文明は滅ぶべし…。万物の霊長を名乗る驕れる愚か者の群れよ、我が腕に抱かれ、絶望の中で息果てるが良い…』
轟音を伴う巨大な熱光が解き放たれたーーーー…


アネモネ「貴様…っ!!そんなことはどうでもよいわ!! …話を聞かぬというのなら、破壊してやろう」
エリザ「ですけど、イリスさんは…」
アネモネ「なら、下がれ。我らだけでやる。ジル、こやつの弱点は雷だ。思い存分ライトニングを与えてやれ」
ジル「はい!マスター。どんどんビーリビリのビリビリにしてやるのですです!」
ドラクル「私はジルさんが集中できるように、牽制しますね」
アネモネ「回復は我が」
エリザ「私がやりますわ… なんとなくわかっていましたから」
アネモネ「そうか。任せたぞ、エリザ」


異形の弓の魔力によって次元が歪み、プロトウティマの一部が引き寄せられる。まるでバラバラに分解するかのように。その断面に貫通する鉄のクロスボウの矢。そこに浴びせられる激しい電撃。どんな優れた機械であろうと、異常を起こすだろう。エラーを吐きながら攻撃を続ける破壊兵器だが、徐々にひしゃげ、部品は飛び散り。その巨体は小さくなっていき…


制御機構『プロトウティマ』は雷に打たれて死んだ。
ドラクル「おや…?ジルさんの魔法だと思ったのですが、私のクロスボウの追加属性攻撃ダメージでミンチになったようですね」
ジル「はわー!? マスターに良いところを見せたかったのに… やっぱ先輩は強いですです」
アネモネ「皆、よくやったぞ!と、褒めたいところだが、そういった暇はないぞ。爆発するのである」
エリザ「ええっ!?」

 


地の底から響くかのような轟音。その衝撃と余波は地下のみに留まらず、次々と遺跡の壁面に向かって波及していく。…それは、悠久の時に亘り活動を続けてきた機械都市ゼイレンの、終焉とも言える景色だった。

イリス「ありがとうございます、冒険者さん…」
自重に耐え切れず、ゆっくり頽れる破壊兵器の亡骸の前に、イリスは小さく呟いた。目立った外傷こそ見られないが、彼女の瞳は暗く、空ろで、その足取りには力がない。
吸血鬼は既に気付いていた。機械都市の電脳を統括するプロトウティマの機能停止ーーーー…。それは遺跡全体の”死”を意味する事に。…そして、その守り人たる目の前の少女は…

プロトウティマ『何故ダ…イリス…。オ前ニハ、ソノ人間ト…外ノ世界デ生キ続ケル道モアッタロウニ…』

火の手が上がり、荒れ狂う灼熱がジェネレータを呑み込んでいく。崩れ落ちる瓦礫の中、物言わぬ兵器の傍に佇み、機械の少女は優しく微笑んだ…
イリス「冒険者さん…。約束、守れなくてごめんなさい…。だけど私…あなたが外に出ようと言ってくれたこと、本当に嬉しかったの。それだけは信じて…。まるで目の前の世界が急に開かれたみたいに…全て鮮やかに色づいて見えた…。心の底から思うことが出来たわ。ああ、私の時間は、無駄なんかじゃなかった。最後の最後で、ちゃんと報われたんだって…」
アネモネ「…」 吸血鬼は静かに少女の言葉を聞き続けた。ひとつも忘れないように。
イリス「…きっと私は…あなたに出会うために生まれてきたのね… ーーーありがとう、冒険者さん…。私達に”終わり”をくれて…。どうかいつまでも元気で… あなたなら、きっとこのイルヴァの未来をーーーー…」
全てを言い終わらぬ内に、イリスの瞳からその輝きが失われる。天井が崩れ落ち、押し潰される動力室の向こうで、あなたは見た。少女の亡き骸に危うげな足取りで近づき、寄り添おうとする、帽子をかぶった機械人形たちの姿を。
表情もなく、抑揚もなく… それでも動くことのないイリスを心配するように、彼らの声はいつまでも遺跡の闇の中、哀しげに響き続けたーーーー…

 

 


地の底に還り、永遠の眠りに就いた機械都市ゼイレンの残骸。少女と兵器たちの卒塔婆に佇む吸血鬼たち。そこにひらひら、ひらひらと雪が降ってきた。古代都市は、まるで喪に服するかのように厳かに、純白のキャンパスへとその身を落としこんでいくのだった。
ドラクル「”雪が降り積もる平原”になりそうですね」
アネモネ「そう、であるな……… できるなら、いや……我は脆く腐りやすい果実を弱いものだと捨て、不死となった石。そんな我がイルヴァを救うなど、何を期待しているのだ」
エリザ「…美人のお願いなら断る理由はない、でしたわよね」
アネモネ「……ははっ、そうであるな。この地には思い入れがある。守るぐらいはしてやろう」